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2012-07-23

CuckooClock Angels


     
     
「CLOCKWORK ANGELS」について感じたことを
もう少し書いておこう。
     
一つのストーリーに基づく
コンセプト・アルバムということは前回述べたとおり。
そのストーリーは、SF作家ケビン・J・アンダーソンの協力を得て
小説として発表されるという。
ニール・パートの物語は
まだまだ語り尽くされていなかったようだ。
     
ケビン・J・アンダーソンは、
スター・ウォーズやXファイルのノヴェライズで有名な人です。
たしか以前「無限アセンブラ」(ダグ・ビースンとの共著)
を読んでるはずなんだけど、
内容に関してまったく憶えていないのはどうしたわけか(汗)。
たぶん、こちらの記憶力の問題でしょう……
     
まあ、それはともかく。
     
わたしはどうしても、プログレ史に名を刻む
ある名作との類似性を感じずにはいられない。
GENESISの「THE LAMB LIES DOWN ON BROADWAY」だ。
     
「THE LAMB 〜」の
ゲートフォールドの中面を埋め尽くした言葉の海は、
ピーター・ガブリエルからほとばしる物語の発露だった。
さらに、結局は頓挫してしまうものの
ウイリアム・フリードキンとのコラボレーションで
音楽以外のメディアでの作品化を目論んだ。
時に音楽の枠にはみ出すほどの創造性が
他ジャンルのクリエイターを刺激するのかもしれない。
どちらもきっかけはフリードキン、
あるいはアンダーソン側からの接触だ。
     
そういえば「THE LAMB LIES DOWN ON BROADWAY」も
“一人の青年が不可思議な世界を旅する”物語だった。
主人公の名ラエルは、リアルのアナグラム。
インナー・スペースの奥深くに分け入り、
真の自分を発見する道程を描く。
当時のステージでは、ガブリエルがラエルを演じ、
2枚組のアルバム全曲を通して演奏、
つまりストーリーを完全に再現した。
あたかもラエルが憑依したかのように。
間違いなく、ガブリエルはラエルに自身を投影していただろう。
ラエルの旅もまた、物語を生み出した本人の旅だった。
     
その結果、
本当に真の自分を発見してしまったのかどうかはわからないが、
彼はこのアルバムを最後にGENESISから去る。
作品の出来栄えもさることながら、そういう意味からも
GENESISにとって重大な“区切り”のアルバムとなってしまったのだ。
     
まあRUSHに限ってそんな物騒なことはないでしょうが、
あくまで作品世界において、
今後どういう展開を見せてくれるのかは本当に楽しみ。
     
もちろん、それまではこのアルバムを十分味わい尽くそう。
     
そして小説版「CLOCKWORK ANGELS」の発売も近い。
こちらは頓挫することなく発売されそうだ。
     
だが、はたして翻訳されるのかどうか?
私にとってはそれが問題なんだよね。
     
     
     
     

2012-07-19

Goodbye, Delusion


       
       
大切な人を亡くしたとき、 
その喪失感を埋めるものはなんだろう。 
        
ある人にとって、それは信仰かもしれない。 
        
四年前に父親を亡くして以来、 
それまでさほど信心深いと感じたことはなかった母が 
今も毎日仏壇に話しかけ、 
毎月の月命日と、それ以外でも気が向いたときに 
自分流ではあるが経を唱えている。 
       
そうじゃない人間も、もちろんいる。
かくいうわたしは四年前のちょうどその時期、
リチャード・ドーキンスの
「神は妄想である」という本を読みふけっていた。 
        
時系列的には、 
本屋で見かけて買う→読み始める→父入院→他界 
なので、たまたまその時に読んでいた本、というに過ぎない。 
        
だがこのときのわたしの心情にたぶんフィットしていたのだと思う。 
新潟との往復の新幹線の中、 
あるいは病院に泊まり込んでの看病の時など、 
ずっとこの本を読み続けた。 
        
内容は、タイトルから想像できるそのままです
(「宗教との決別」という副題が付けられている)。 
人間に必要なのは科学的・合理的な思考なのであって 
信仰、それも特に宗教に対するそれは、有害なものでしかない。 
そのことを一つ一つ事例を挙げて、執拗かつ徹底的に論じた本。
百害あって一理たりともない、とまで言い切った。 
当時はそれなりにセンセーションを起こしたと記憶している。 
        
初詣は神社に行くし、お彼岸には墓に手を合わせ、 
愛を誓ったのは牧師の前。 
        
典型的な日本人の行動様式を取りながらも 
むしろだからこそ、ある特定の宗教に踏み込まないよう 
注意して生きてもきた。 
そんなわたしにはもともと興味のあるテーマでした。 
        
「あの世」を信じれば、「人の死」も比較的
折り合いをつけ易いのかもしれない。 
だが「あの世」を信じていなければ? 
無神論者に「死」を受け入れることは可能なのか? 
        
ドーキンスはそんな疑問に答える。 
科学的思考によって十分「死」を克服することはできると。 
        
なかなか面白く読めたし、父親の死に対しても
ある程度拠り所になった部分もあったかもしれません。 
        
ただ共感するところは多かったにせよ、 
どこか冷めている自分がいたのも事実。 
        
この本が語るとおり、宗教を盲目的に信じることが悪ならば 
同様にこの本自体、 
無条件で受け入れるわけにはいかないじゃないか? 
        
たしかに、宗教にしろ科学にしろ、
心から信じることができたなら それは強い
(ドーキンス、はたまた原理主義者……善し悪しは別問題として)。 
彼らは「死」も克服できるだろう。 
        
盲目的がいけないというなら、自分の頭で考えろということか。
それにしたって人はいろいろなことに影響を受ける。
いったい何を信じればいいのか?
そもそも何かを信じるとはどういうことなのだ? 
信じる意味とは……? 
        
       
       
今年、RUSHが五年ぶりに新譜を発表した。
タイトルは「CLOCKWORK ANGELS」。 
        
RUSHの楽曲すべての歌詞 
ひいてはコンセプト・ワークを一手に担う
ドラマーのニール・パート。
彼もまた、ずっとこの問いの答えを
探し続けているようにわたしには思えます。 
        
90年代終わり頃。 
彼はわたしなどとは比べものにならない 
過酷な運命と直面する。 
一人娘と夫人を事故と病気で相次いで亡くしたのだ。 
        
はたして、復帰までには時間を要した。 
        
しかしRUSHは復活する。もちろんメンバーは不動。 
2002年に「VAPOR TRAILS」、
 続いて2007年には「SNAKE & ARROWS」を発表。 
合間にはツアーもこなし、 
自分たちのペースは守りつつも現在まで精力的に活動している。 
        
ただしニール・パートの紡ぐ詩が、先の不幸な出来事以来
その影響を色濃く反映したものとなるのは必然だった
(RUSHの楽しみは、他のミュージシャン以上に
詩を味わうことによってもたらされる。
わたしの場合は相変わらず日本版の翻訳だよりですが)。
        
復帰第一作「VAPOR TRAILS」。
全体に漂うのはある種の諦観の境地だ。
人の命も感情も、大空に束の間描かれるだけの
「飛行機雲(VAPOR TRAIL)」にすぎない。
だが運命に抗い、ささやかな抵抗を試みる姿を描く詩もある。
己の無力にさいなまれつつも、それでも何かを信じたいと葛藤する
パートの心情がうかがえるようだ。
        
ではその信じられるものとはいったい何なのか。
それが次作「SNAKE & ARROWS」におけるテーマとなる。
詩はついに個人的な感情を離れ、世界のありようを問う。
その中ではっきりと宣言されるのが、信仰との決別だ。
        
人が平等というなら、恵まれたもの呪われたものがいるのは
いったいどういう不手際なのだ、とアイロニカルに詠い、
また、身を守る鎧のつもりで身につけた信仰は、
人を攻撃する矢にもなりうるのだと説く。
信心深い純真な軍隊、どんな科学の力にも抗う伝染病、
そういう強い言葉で、今のこの世界は
まるで暗黒時代に戻ってしまったかのようだと嘆く。
        
じつは、パートもまた、
ドーキンスの「神は妄想である」を読んでいた。
彼自身によるライナー・ノートには、
信仰が知らず知らずのうち(特に幼少期)に
多くの人に刷り込まれてしまう危険性について、
この本と意を同じくしたと記されている。
        
さまざまなことを探り、問いかけ、行動したなかの
一つの出会いだったのだろう。
逆に宗教にのめりこんでも不思議はない状況で
どうしてそこまでの心境に至ったのか。
特にキリスト教圏で生まれ育った人には、
日本人である私たちより
はるかに難しいことであることは想像に難くない。
彼の思想の旅路は本人以外には計り知れない。
だがまぎれもなく、この作品は重要な中継地となった。
        
そして今回発表された最新アルバム、
「CLOCKWORK ANGELS」。
一つのストーリーに基づく
コンセプト・アルバムとして作られている。
        
毎回その時々の関心事をテーマとして
アルバムを創る彼らではあるが
ここまで明快なコンセプト・アルバムは70年代以来だろうか。
        
ストーリーは、ニール・パートオリジナルとなる
スチーム・パンクという趣向。
舞台は、ウォッチメイカーと呼ばれる存在に支配された世界。
空には時計仕掛けの天使が舞い、
タイムキーパーの大聖堂がそびえ建つ。
人々は教えられたとおりのことを信じ、与えられたものを
そのまま受け入れて暮らしている。
決まり切った毎日に嫌気がさした青年である“わたし”は
そんな世界に疑問を感じ旅に出る。
その冒険物語が曲となって綴られているのだ。
        
ジュブナイルとも言える内容で、さほど凝った設定ではない。
しかしだからこそ見えるものがある。
「VAPOR TRAILS」、「SNAKE & ARROWS」と聴いてきた者なら
この物語の意図するところは明らかだろう。
      
主人公はニール・パート自身。
冒険は、自身を襲った悲しい出来事以来
答えを探し求めてきた彼の旅そのもの。
そして旅には必ず辿り着くべき終着点がある。
      
今回、ついに旅の終焉が訪れた。
       
アルバムは「The Pedlar」という幕間曲
(ほとんど曲の体裁にはなっていないが……)によって
三部に分かれている。
第一部は世界感と動機の提示、第二部は冒険の旅。
ストーリーはここで一応の決着を迎えるが、
当然第三部こそ真にフィナーレと呼ぶべき内容となっている。
感動的なメロディー・ラインに乗せて
彼のメッセージがストレートな形で歌い上げられているのだ。
       
第三部の一曲目「BU2B2」で、
もう信仰には失望した。
楽観論にも見捨てられた。
慰めになる哲学はない。
それでも、わたしは生きていこう、
という痛々しくも断固とした決意が詠われる。
       
自分と相容れない人たちに向けては
次の「Wish Them Well」を叩きつける。
せいぜい彼らに幸あれ。
そして背を向け別れを告げろ、
同じ舞台に引き込まれるな、と。
これは世界に対する強烈なメッセージだ。
       
最後の曲「The Garden」は、
人生の宝物についての詩。
油断すれば、ウォッチメイカーは着実に
人生をかすめ取っていく。
それでも人は自らの庭で宝を育てなければいけない。
その宝とは、いくばくかの愛と尊敬の念……。
       
テーマは「SNAKE & ARROWS」と共通しているが
さらに踏み込んだ次元に達したようにわたしには思える。
パートは、信仰こそ信じないが
人がささやかな信念を持つことを信じているのだ。
もちろんこのことは、わたしが指摘したように
どうしたってパラドキシカルな響きが忍び込む。
それは彼も十分自覚を持っており、
“皮肉を身に沁みて感じる”という言及もある。
だが、それでもなお、彼は確信を持って詩にした。
      
悲劇から15年。巡り巡る長い旅路。
その旅を物語として表現した。
抽象的な存在だったものに、しっかりとした形を与えた。
ようやく一つの終着点にたどり着いた。

自分の頭で、全身全霊で思考し続けた結果なのだろう。
おそらく、信じることの意味を見つけたのだ。
       
また、言うまでもなく彼の詩は
リー、ライフソンの曲作りにも大きな影響を及ぼす。
ストーリー仕立てという構成が、メリハリのある楽曲を生んだ。
バラードはより切なく、ハードな曲はより力強く。
冒険物語という体裁のためだろうか、メロディも陰にこもる感じがない。
親しみやすさすら憶える印象的な旋律が胸に迫る。
どちらかというとヘヴィーなリフ中心の曲が多かった近作からの、
歓迎すべき変化だ。
       
そして、RUSHにおいては珍しい、ストリングスやピアノの導入。
第二幕のクライマックス、続くフィナーレとなる第三幕で、
とても劇的な効果を上げている。
音楽的な面でも、正にコンセプト・アルバムにふさわしい
感動的なエンディングを迎えるのだ。
       
今後彼らにどういう展開が待っているのかはわからない。
もしかしたらまた新たな旅に出るのかもしれない
(今の時点では彼ら自身にすら未知だろう)。
だがこのアルバムを、前二作と合わせて
三部作の最後を飾る作品と見なすことは可能だと思う。
なんにせよ一つの区切りとなることは間違いないところだ。
いや、“区切り”という言葉は恐ろしく控えめに過ぎる。
RUSHの長い長いキャリアの中でも、
「2112」や「MOVING PICTURES」に匹敵する
マイルストーンとなり得る傑作だと断言しよう。












わたしには、いまだ信じることの意味はわからない。
       
しかしまったく萎むことのない彼らの創造性は、
わたしにとって数少ない、信じるに足ることのひとつなのだ。
      
      
      
      

2012-05-17

Three of a Parallel Life.



「くそっ、あいつが全部やっちまった!」

若き日のジャクソン・ポロックは、
ピカソの画集を床にたたきつけ、こう叫んだそうです。

なんだかめちゃくちゃわかるなあ。
わたしも美術系学生の端くれだった30年近く前、
同じようなことを思ったモノです。

あのアメリカを代表する前衛芸術家ポロックにも、
ブレイク以前には苦悩しながら試行錯誤を繰り返す日々があったのだとか。

その頃の作品を見ても、
ピカソ風ありカンディンスキー風ありミロ風ありetc.etc.
……なんか好みもわたしと似てるし。

クロッキー帳に描きとめられたアイデアスケッチ
(という名のちょっと恥ずかしいイタズラ描き)なんて、
「オレかよ!」と心の中で思わず叫ぶシンクロ具合。
ああ、ポロックさんもこういうの描いたんだね……

もちろんポロックとわたしの間には
数万光年にも匹敵する遙かな隔たりがあるのは言わずもがな。

わたしの恥ずかしい若描きが衆人の目に曝されないのは
単にわたしが無名の一般人だからにすぎません。
一般人万歳!

結局、苦悩の“種類”は似ていても
“深さ”が違ったということでしょう。
だからピカソの画集を眺めたとき、
似たようなことを思ってもわたしはそれを
床に叩きつけるようなことはしなかった。
それどころか「やっぱピカソってスゲエわ」なんて
早々に白旗を揚げる始末。
ポロックにあったであろう「いつかは超えてやる!」という強い意志が、
当然のことながらわたしにはこれっぽっちもなかったのでした。
このへんが、一般人と偉大なアーティストを分ける
決定的な分岐点なのでしょうね。

しかしその苦悩のあまりの激しさによるものでしょう、
ポロックは若い頃からアルコール依存症に苛まれ、
精神分析の治療も受けています。

わたしだって「酒飲みまくってでろんでろんに酔っぱらったら
きっとスゴイ絵が描けるんじゃないか」なんて思ったこともありましたが。
って、そういうことじゃないか。

キャンバスの上をのしのし歩き回り、大きく刷毛を振り回して描く
アクション・ペインティング。
ためらいなど微塵も感じられない制作風景からは想像もできなかった
その境地に至るまでの(美大生にはあるある的な)悩み。
遙かな隔たりは厳然とあるとしても、でもそれが
足元の地面でつながっていたんだと、ちょっと親近感が湧いたって話です。



で、そんなわたしがふと思い出したのが
前衛芸術のロック界代表、ジェイミー・ミューア。
ガラクタのようなパーカッションの合間を歩き回り
手当たり次第に叩いたり蹴ったり吹いたりする様は
まさに音の奔流を描くアクション・ペインティング。



観る者、聴く者に鮮烈な印象を叩きつけ、
でもあっという間にシーンから消え去ったところも似ています。
ポロックはブレイクから3〜4年後に
プレッシャーから再び混迷期に入りアルコール依存も再発、
自動車事故により44歳の若さで他界してしまうのでした。

てっきり天然の人だと思い込んでたミューアさんも
ポロック同様苦悩の日々があったのでしょうか?

キング・クリムゾン脱退後は引退して仏教の修行をしたとか……
以前何かの雑誌で画家としてセカンドキャリアを積んでいるという話も……

少なくとも人生後半に関しては、
自分の属していた世界に執着しなかったことで
(傍目には)迷いのない人生を歩けているように見えます。

ポロックさんも全盛期の後は違うことをやっていたら
もしかしたら死ぬことはなかったかもしれませんね。

正直この歳になり、このまま今の仕事続けていいのか
疑問が首をもたげる今日この頃。
今後わたしも歩むならミューアさんの人生、といきたいところですが
いざそんな潔い転身ができるかどうか。

スパッと足が洗えるのも
その世界で大きな仕事をやり遂げてこそなんでしょう。
悲しいかな一般人。

たしかにこの頃のキング・クリムゾン、
ジェイミー・ミューアが起爆剤となり
ロックにおけるインプロヴィゼーションの地平を開拓。
それはとてつもない破壊力を以て
われわれにインパクトを残しました。

そしてその後も手を変え品を変え、時代が変わっても
常に新たなコンセプトを提示し続けたモンスター・バンド。
ニュー・ウェイブとの接近、エスニックなリズム、
更に時代は下りダブル・トリオおよびProjeKctという実験的編成、
そして新時代のメタル・ミュージック……

そうです。そこには第3の人生を歩む男の存在が。
今や“偉大なる詐欺師”が代名詞、ロバート・フリップ。

キース・ティペット、ジェイミー・ミューアを始め、
パオパオギターやスティック奏者、エレドラ奏者などなど、
次々と“飛び道具”をバンドに引き込み、
自らは(プレイもするけど)専ら黒幕としてバンドを操る。
さらには自身のレーベルを立ち上げ運営……

結局、こういうプロデューサー・タイプが
一番成功するってことですか。そうですか。

「世の中には2種類の人間しかいない。
自分で何かをするのがうれしい人間と、
人に何かをさせて満足する人間だ。」

これは四半世紀以上デザインの仕事をやってきたわたしが
絶対的真理として疑うことのない持論ですが、
典型的な前者であるわたし、フリップさんにはなれません。
そのへんはとっくに諦めてますけど。
それに成功と幸せは必ずしもイコールじゃないし。
ってこれこそ一般人の常套句ですね。

そしてきっと、プログレの世界でも、
世界中の多く(…はないか)の若きプレイヤーたちにとっては
こんな言葉が常套句なのに違いありません。

「くそっ、キング・クリムゾンが全部やっちまった!」





2012-02-08

Across The Border

      
旅。
      
がんじがらめの日常から逃れ
境界を越えて
殻の外から自分を見つめ直す。
      
Travels With Myself
      
あてどなき彷徨。
人生のExile。
      
そして帰還。
      
不肖ながら、帰って参りました。
      
ハワイから。
      
いや〜、ハワイいいっすね〜。
輝く太陽。心地よい風。
日本の記録的寒波なんて忘れてましたわ。
      
仕事から少し離れるいい機会。
これからの人生じっくり考えてみようと
旅立つ前は思っていたんですよ。ホントに。
あるいはとっくに冗談じゃなくなってる
老後の心配とか。
      
しかしねー。行き先がハワイってのがどうも。
      
彼の地に足を一歩踏み入れた瞬間、日本で悶々としていたことなんて
見事にどーでもよくなっちゃうんですねこれが。
南国の魔力。なんくるないさ〜!マイ・ペンライ!ケ・セラ・セラ!
(ハワイの言葉じゃないけど、いいじゃない!)
      
そもそもたかが5泊程度の滞在じゃ
じっと考え事してるヒマなんかあるはずもないし。
      
パートナーと二人、シー・カヤック乗って、買い物して、
散歩して、ジャンク食べまくって、
あと、友人の結婚式に出席して。
      
That’s All
      
あっという間に旅の時間は過ぎ去り、
結局また
何もなかったかのように日常に舞い戻る。
      
楽しかったから、ま、いいか!
(なんだか南国の魔力とは関係ないような気がしてきた)
      
そういえば。
      
前回ハワイに行ったときは
お気に入りCDをトランクに詰め込み
一部の友人から(そこまでするか!と)不評を買いましたが、
今回はなんと、文明の利器を活用しましたぞ!






















                        
この旅行のためにiPodオーディオを買ってしまいました
荷物になってることに変わりないけど。
      
ちなみに上に乗っかっているiPod mini(わが家では最先端)は
パートナーの所有。
彼女の好きなハワイアンしか入っていないiPodに、わたしのCDを
(頼み込んで)いくつか取り込んでもらったのであります。
      
ハワイではもちろん大活躍。
部屋ではずーと音楽ならしてた。
      
音質的なことを言っちゃえば、ご多分に漏れず
中域は薄いし、ブーストされた低音が耳に障るし、音場は狭い。
しかし(試聴した)S○NYとかのおもちゃっぽいのに比べたら断然よろし。
なんたって旅行目的、コンパクト重視ゆえ選択肢も限られる。
そんな中ではデザインが断トツに良いので
総合的にはいい買い物したと思ってます。
余談だけど、なんで日本のメーカーはこーゆーデザインできないかなあ。
ありえないでしょ。S○NYとかのおもちゃっぽいのとか(しつこい)。
      
それは良いとして。
      
実は今回、ハワイで聴いてみたい曲がありました。
あの名曲「Diamond Head」。
      
そう、エレキがテケテケと心地よい夏の風物詩…
って、ベンチャーズじゃなくって。
      
プログ好きならおなじみ、あのトンボのメガネで有名な
フィル・マンザネラ ソロ・アルバムの中の一曲。

















                              
それにしても「Diamond Head」、
アルバム・タイトルでもあるのに
ジャケットがぜんぜんハワイっぽくないのは何故だろう。
アメリカ中西部を走ってるユニオン・パシフィック・鉄道の
昔の機関車らしいのですが。
そりゃ大きなくくりではアメリカには違いないけど、
このざっくり感は彼に流れるラテンの血がなせるワザ?
      
それは言い過ぎとしても、確かに最近では
ラテン・ルーツを意識した音楽性を追求しながら
精力的に活動するマンザネラ。
ビバ!ケ・セラ・セラ・スピリット。
このソロ1作目でもそこはかとなくおおらかな空気を感じます。
そんな感覚がハワイのゆったりした時間の流れにじつに合う。
いつのまにかジャケットのミスマッチなんかマイ・ペンライ。
エコノミー・ホテルの窓からは何も見えなくても、
心はダイヤモンド・ヘッド・ビュー。
そしてラテン・ルーツに敬意を表して飲むコロナ。
う〜ん。たまらん。
      
とはいえ、プログレばかり流していては
パートナーに叱られます。
ハワイまで来てケンカになってもつまりません。
      
ここはひとつ、家ではできない必殺ワザを!
      
シャッフル機能〜〜〜!
      
は?そんなにもったいつけるほどのものじゃない?
否。このワザこそわたしにとっては超えてはならない一線。
アルバム1枚で一つの完成された作品とする
われわれプログレッシャーにとっては
この世に存在することすらアンビリーバブルな機能です。
アルバム1曲目を聴きだしたら
そのまま最後まで聴き通さなければならない鉄の掟。
順番を入れ替え、あまつさえ他のミュージシャンの曲と混ぜるなど
考えるだに恐ろしい。
ああ、プログレの神様、お許しください。
とうとう禁断の果実に手を触れてしまいました。
      
でもまあ、ここはハワイだし〜。
マイ・ペンライ、マイ・ペンライ、と……
      
な、なんだこれは。
ギャビー・パヒヌイの後にハット・フィールド・アンド・ザ・ノース。
エイミー・ハナイアリイの後にナショナル・ヘルス。
ナレオの後にジェネシス。
      
ハワイの空気もどこかへ吹き飛ぶシュールっぷり。
プログレオンリーより破壊力あるじゃん!
シャッフルスゴイわ。ipod、侮りがたし。
      
人生観は変わらずとも、音楽観は変わったかも。
      
      
      
      

2011-10-23

過剰の愛


久しぶりの更新であります。
ネタがなかった?
いやいや、ブログはサボっても
自炊活動およびプログレ活動はしっかり継続してたんですが。
特にプログレ界では
むしろイベントてんこ盛りだったここ数ヶ月。
8月のKANSAS来日に始まり今や夏の風物詩
日比谷野音の「プログレッシブ・ロック・フェスティバル」、
10月はこれまた年1回のお祭りになりつつある(のか?)
NHK FMによる「今日は一日プログレ三昧」の放送。
そして11月早々にはだれもが驚いた
「イタリアン・プログレッシブ・ロック・フェスティバル」開催。
十数年前から徐々に再発、来日は盛んになってきていたものの、
去年辺りからこのようなグループの枠を超えたムーブメントが起こり始めてきました。
来ちゃいましたね。ついに。
第2次プログレ・ブーム!
プログレ・ニュー・ウェーブ!
プログレ・ルネッサンスが!
思えば80年代。
世の中が浮かれ出すと同時に「重い、暗い」と世間の片隅に追いやられ、
ついにはレコード店やラジオから一切のプログレが消滅したあの時代。
西新宿の雑居ビルの一角に出入りし、高値で取引される輸入盤に
なけなしの金をはたいていたわたしたちは、
間違いなくアンダーグラウンドな存在でした。
それが、まさかまさか、
野外コンサートでオーディエンス総立ちの中、皆で「伝承」を歌い、
真っ昼間のラジオから流れる
「Tenemos Roads」を聴きながら
酒を酌み交わす日が来ようとは。
プログレ全盛の70年代前半はまだ小学生だったわたしたちは、
じつは数年の差で黄金時代に乗り遅れてしまった世代。
バブルで廃れ不況になると流行るプログレ、というのも
ちょっと複雑な心境ではありますが
まあ、ここは素直にブームを喜びましょう。
遅れてやってきた我が世の春を。
(肝心のミュージシャン達は晩秋の雰囲気もありますが…)
というわけで、最近の私のミッションは
「イタリアン・プログレッシブ・ロック・フェスティバル」
(字数多いな)に向けOSANNAをしっかり予習すること。
じつは『イタリアン』で反応するのは食欲だけだったわたし。
プログレに関しては英国・北米中心。
食わず嫌い克服のため、
そちら方面でもオーソリティーのおなじみYさんから
CDをお借りして猛勉強という次第。

















今更ですが、OSANNAスゴイなあ。
時にGENESISを思わせる叙情の嵐と
KING CRIMSONにも迫るヘヴィーネスが
交錯しまくる展開は濃い〜の一言。
過剰な音数、過剰な展開、過剰な感情表現、etc.etc.…
プログレの定義の一つに『過剰の美学』という項目があるとするなら、
OSANNAの音楽はまさに過剰中の過剰、
プログレの中のプログレといえるのかもしれません。
これを生で体験できる「イタリアン・フェス」。
略すとまさに食欲のそそられるようなイベント名ですが
まあそれはともかく、
なんとも楽しみになってまいりました。
そうそう、『イタリアン』といえばもう一つ、
こちらは正真正銘、おいしい『イタリアン』。
新潟ご当地グルメの王様、みかづきの「イタリアン」が
なんと家庭で手軽に食べられるようになっていたとは!
↓ 「新潟っ子のソウルフード」という煽り文句はちょっと恥ずかしい…
その通りなんだけど。

















この袋入り生麺の「イタリアン」、
見つけたのは新潟の駅ビル。
東京では見たことないけど、全国展開してないのかな?
関東在住で「近所のスーパーにあったよ」という方がいらっしゃったら
ぜひご一報を。お願いします(マジ)。
で、完成形がこちら。

















具のキャベツ、もやしと付け合わせのショウガは自分で用意。
作り方は至って簡単、具と麺を炒め
付属の焼きそばソースで絡めて皿に盛り、
温めておいたトマトソース(これも付属)をかけるだけ。
コツはズバリ具に変に凝らないこと。
肉を入れるなどもってのほか! チープな味が命。
そして白ショウガ(いわゆるガリですね)を必ず添える!
焼きそばソースとトマトソース、そしてショウガ、
この三位一体のハーモニーこそ神髄。
ゆめゆめ忘れるべからず。
麺の感じはちょっと違うけど味はなかなかの再現度。
不思議なうまさがあるんだよね〜。
ガキの頃の刷り込みかもしれんけど。
そもそも普通のソース焼きそばで十分うまいのに
なぜあえてそこにトマトソースをかけるのか。
これもまた、『過剰の美学』いや『過剰の美味』。
「イタリアン」の名に恥じないプログレッシブ・グルメ。
子供の頃からこの味に慣れ親しんでいたわたしにとって、
遅かれ早かれ、イタリアン・プログレを聴くのは
運命だったのかも?

2011-08-31

タジンの関係

      
      
今さら言うまでもないと思いますが、
わが家の辞書に流行という文字はありません。
      
事例その1:地デジの対応は7月に入ってからだった
(これは流行じゃないか)。
      
事例その2:Blu-ray Discレコーダーは持ってないが
カセットデッキとVHSデッキはまだ現役だ。
      
事例その3:いまだに3D映画を観たことがない。
      
事例その4:もちろん二人とも携帯はスマホじゃない
(ちなみに言っとくと、二人の業界のスマホ普及率は98%以上!
体感では)。
      
事例その5:……アプリ??ワイハイ??
    
etc.etc.……
      
いや、もちろん、
たまにはそれらしいものに乗っかることもあります。
今年に入ってFACEBOOKを始めたり、とか。
でも少なくともFACEに関して言えば、半分は仕事のためであり
“あえて流行に身を投じてみた”という意識。
踊らされるんじゃなく、意識的に利用しているというか。
まあ、そういうことにしておいてください。
      
とそんなわけだから、このブログでも
今年の夏のヘビーローテーションは素麺とYES!
なんて素っ頓狂なことを書いたりするわけです。
      
こんなわが家にも正真正銘の“流行りもの”がやってきました。
それはタジン鍋。
とんがり帽子みたいなカタチしたアレです。
      
すみません。
流行りものは流行りものでもずいぶん前の流行でしたね。
まあ、いいじゃないですか。
      
なんたってこのタジン鍋、
じつはマリーンズ友達のK夫妻からいただいた品
(ありがとうございます)。
こちらのご夫妻、特に奥様は
世界中、しかも「フツー行かねーだろー」
という土地を旅してまわるコスモポリタン。
タジン鍋がブームだとか廃れたとか、
そんなことはちっちゃい日本の中だけの話。
もっと世界的な視点で選んでいただいたに違いありません。
モロッコあたりじゃ何百年(何千年?)も前から大ベストセラー。
そもそも“流行りもの”なんて書くこと自体、失礼でした。
ごめんなさい。
      
というわけで使い始めたタジン鍋。
これがやたら便利でびっくりなのであります。
      
蒸し料理はもちろん、ちょっとした煮込み料理もできます。
ちゃんとした料理以外にも
ちょっとジャガイモを茹でたい時にタジン鍋で蒸したり、
季節的にはトウモロコシを蒸したり。
お湯をわかす手間がかからないのがうれしい。
      
それこそブームの時は
「蒸し料理だけでしょ。無視無視。」てな感じでしたが(とほほ)
いざ使ってみると、思っていた以上に
いろいろなことができるので大活躍。
もう一つ、ものぐさ亭主的には
鍋のまま食卓に出せるのもポイント高し!
     
定番の豚バラ肉と野菜の蒸し物。













                         
もちろん魚もいけますし、ソーセージのグリルだって。
          
そして先日作ったのが……













                              
上にピーマンやらハーブやらのっかっているので
よくわかりませんが













                              
ロールキャベツ。
      
トマトソースで蒸し煮しました。
イタリアンパセリやコリアンダーなどハーブを利かせ、
そしてモロッコ料理に欠かせないという
クミンシードを少し練り込んでいます。
これを入れると一気に異国情緒満載。
う〜んモロッコ風。
実際にはチュニジア風も中東風も
区別はつかんのですが。
      
ついに作った! タジン鍋でロールキャベツ!
コレがホントの「モロッカン・ロール」!
      
……パートナーよ、すまん。
こないだの夕食をロールキャベツにしたわけは
ただこのダジャレが言いたかっただけなのだ。
まあ、わたしの立てる献立なんてこんなものです。
               
「モロッカン・ロール」。
言わずと知れたBrand Xのセカンド・アルバム。
北アフリカの民族音楽とロックン・ロールの融合!みたいなタイトルですが
中身はぜんぜん関係ありません。
いきなり1曲目がサンスクリットの歌とシタールの早弾きでインド風。
「Malaga Virgen」はスパニッシュだし。
確かにBrand X史上最もエキゾチックな雰囲気のあるアルバム。
でもどの辺がモロッコ?という疑問も。
しかも異国情緒だけにとどまらず
一発録りアドリブ大会やらプログレ的展開を見せる曲など
ハンパなくバラエティに富んだ内容です。
いつも言うけど、凡百のジャズ・フュージョン的
セッション垂れ流しとは一切無縁の音楽。
ある意味最もBrand Xらしいアルバムかも。

















                          
以前も書きましたがBrand Xの音楽って“ごった煮”なんですよ。
どこそこの民族音楽がどうだとかこうだとか、
へんな理屈こねるより、
楽しそうだから何でもやっちゃおうぜ、的なノリというか。
で結局タイトルが意味不明になっちゃったりする。
というか深く考えてないんでしょうね。
      
なんたって名前が「Brand X」。むりやり日本語にしたら「銘柄不明」。
これもおそらく何も考えないで付けた名前なんでしょう
(一説には、スタジオの機材リストに記載されていたのを
たまたま目にして決めちゃったのだとか)。
しかしこれがうまいことハマりました。
      
もう何やったっていいんです。
どんなタイプの曲やったっていいし
どのメンバーが抜けて誰が入ってきてもいいし。
だって「銘柄不明」。
守るべき“ブランド”が存在しないんですから。
      
事実、メンバーが入れ替わり立ち替わりしながら
いろんなタイプのアルバムを作っていきます。
正調JAZZROCKアルバムから
フィル・コリンズが歌うPOPナンバー入りのアルバムまで。
      
ただし。
モロッコ料理にクミンの香りが欠かせないように、
Brand Xに唯一欠かせないのが、
わが心の師パーシー・ジョーンズのベースでしょう。
私見に偏っているかもしれませんが、これだけは譲れないところです。
事実、Brand Xの歴史上彼が一曲も参加していないアルバムはありません。
ジョーンズがピリッとスパイスを利かせて、Brand Xと名乗るなら
あとは何をやってもBrand Xの音楽なのであります。
      
「Unorthodox Behaviour」から「Manifest Destiny 」まで。
編集版・海賊版も含めて。
フェイバリットはその時々の気分で変わったりしますが
それぞれに良さがあり、味わいがある。
      
わたしは全アルバム、一枚残らず、大好きです。
      
タジンも、Brand Xも、何でもアリ。
      
だからこそ、おもしろいのだ!
      
      
      
      

2011-08-18

ヘビーローテーション

      
「また物騒なところから名前持ってきたもんだなあ」と思ったのが
今や国民的アイドルとなったあのグループを初めて知ったときの感想。
『秋葉原』が語源とはつゆ知らず、当然の如く
旧ソ連の自動小銃『AK47』を連想してしまったわけですが、
今年の春ごろ「カチューシャ」なんて曲を耳にするに至って
個人的にやはりこれは確信犯であると認定。
カチューシャといえば
同じく旧ソ連軍の多連装ロケット砲のことじゃないですか(注1)。
      
実際、彼女たちのファンの中には
「アーカーべー」と発音する人もいるとかいないとか。
このあたりのオタク心をくすぐる小技までいちいち憎い。
いやはや、恐るべし。
      
おっと、べつに彼女たちのことが書きたいわけじゃありません。
わたし自身はキョンキョン以来時間がピタリと止まってしまった、
もはやアイドル不感症のおじさん。
語る資格もございません。
      
さてさて、ようやく本題。
ヘビーローテーションのはなしです。
      
それにしても連日暑い暑い日が続きます。
なんでも猛暑といわれた去年をも上回る暑さとか。
いくら夏は嫌いじゃないといっても
ただでさえ脂っこいものが苦手なお年頃。
さすがにのどを通るものも限られてきます。
      
そんな今の季節、わが家のヘビーローテーションは
ずばり素麺。
      
前振りが長かったわりにはおそろしく平凡な展開じゃねーか
とつっこんだあなた。
その平凡の中にこそ、凄みがあるというものですぞ。
      
子供の頃は「ええ〜? またソーメン〜」と
いつも母親にブータレたものでしたが、
この年齢になってつくづく感じる素麺のすばらしさ。
さらに作る側にまわってからは、よりいっそうその良さを実感します。
      
なんといってもうれしいのがゆで時間の圧倒的な短さ!
キッチンで汗だくにならずにすむのが本当にありがたい。
じつはこんなに料理人に優しい料理だったなんて
そりゃ、子供にゃわからんよなー。
      
しかもオール電化のご家庭なら電気代節約、
そうじゃないわが家でもキッチンが暑くならないから
エアコンの設定温度は高めでOK。
なんという省エネ料理。
東京電力は素麺に感謝すべし。
      
昔の人はこんな時代を予見していたのでしょうか。
いえいえ、今の時代が
昔のライフスタイルを必要としているでしょう。
子供の頃は平凡で飽き飽きしてたものが
今その価値を発揮する。
そんなものが他にもあるかもしれません。
      
もちろん、食べてもおいしい素麺。
さっぱりと食べたいときはさっぱりと。
食べ応えが欲しいときにはそれなりのアレンジも可能。
いろんな食べ方ができるので飽きません。
      
↓ 正統派から…













                              
↓ トマト素麺…

















                              
↓ ジャージャー麺風まで…

















                              
今日も素麺すすって先達の英知に感謝。
こんな時代だけど
日本人でよかったと思える数少ない瞬間ですな。
      
そしてじつはもう一つある
この夏のヘビーローテション。
      
こちらは英国の生んだ(ある意味)奇跡。
Yesの今年6月に出た新譜「Fly from Here」。

















                              
結成以来42年の長きに亘りプロレスのアングルの如く
離合集散内紛分裂加入脱退を繰り返し、
それでもなお不屈の精神でバンドを存続させる彼ら。
その名通りのポジティブ・シンキングの賜か。
今度はなんとジョン・アンダーソン不在&バグルズ組復帰で
「Drama」Yesの再現です。
なんというサービス精神!
Yes! We Can! はい!よろこんで!
       
というわけで
「Drama」信者でアンダーソン不要論者のわたしのようなファンを
ピンポイントでねらい打つ今回のアルバム。
断言しましょう。良いです!
      
90年代後半以降のここ数作は、
比較的アンダーソンの歌を中心にした楽曲が多く
どうも平板で印象の薄いものでした。
しかし今回は一転。
組曲形式の曲を核に据え、
アルバム全体を起伏のあるドラマチックな演出で聴かせます。
なんといっても、“「Drama」でやり残したことを成し遂げる”
という明確な目標があるので迷いがありません。
全盛期と同等、とまではいえませんが
過剰なアレンジや、スティーブ・ハウのギターも
“らしさ”が戻ってきました
(そう、今回は久々にハウが元気。
泣きのスティールギターに滂沱)。
      
確かにこの手法、今の耳で聴くには
アレンジはクサく音色は陳腐かもしれません。
それでも、これでもかと盛り上げ、音をぶち込み、
唯我独尊のリズム感で突っ走る。
これでこそYes。
      
洗練された歌ものなど誰も望んじゃいないのだ。
      
ちなみに今回ボーカルを務めるのは
“Journey Method”(注2)でひっぱってきた無名の新人
ベノワ・ディヴィッド。
でもJourneyの彼はクリソツでしたが
ベノワは驚くほど似てません。
      
曲調もトレバー・ホーン&ジェフ・ダウンズ組の書いたものなど
YesというよりどうしてもBugglesっぽい瞬間が
ちらちらと顔を覗かせます。
      
しかしそんなことは問題になりますまい。
Yesらしい熱い演奏があればそれはYes。
      
もうこのところ2ヵ月近く、休日ともなれば
まさにヘビーローテーション。
      
防音のため閉めきった部屋の中、
暑苦しい演奏にアンプの温度もぐんぐん上昇。
      
そしてもちろん、そんな時こそ食す素麺。
う〜んうまい!
      
日本人でよかった。プログレ者でよかった。
      
……結局、いつの間にかエアコンフル稼働。
先達のライフスタイルにはほど遠いわ……
      
      
      
─────────────────────────────
      
(注1)カチューシャ
わたしらぐらいの年代ならプラモでおなじみですね。
でも、なんてことないトラックの荷台に
発射台を載っけただけのその姿は
およそ子供の購買意欲を刺激するにはほど遠く、
模型屋の片隅にいつまでも売れ残っていましたが。
ただその箱の隅で燦然と輝く
Italeriのロゴがやけに眩しかったものです。
      
(注2)“Journey Method”
仲違いしたメンバーの代役をYouTubeで発掘、登用する手法。
Journeyが看板ボーカリストの代わりとして
無名のそっくりさんを抜擢して話題になったことから
わたしが勝手に命名。
しかしJourneyの場合そのあまりの激似ぶりに
過去を引きずりすぎとの批判も……
      
ちなみに、今回のアルバムに収録されている組曲は
「Drama」時代の没曲を発展させたもの。
そりゃあ昔の雰囲気も出るわけです。
セルフ・カバーは誰でもやってるけど、
過去のアイデアを出発点にアルバムまるまる1枚
作っちゃったってのは他に例がないのでは?
こちらはいわば“Yes Method”。
手っ取り早く全盛期のファンにもアピール!
今後安易に乱用されそうな予感……(曲が良ければ許すけど)
じつはパンドラの箱だった?
      
      
      
      

2011-06-24

I Hope, Once Again!

      
      
結局のところ、
FACEBOOKではプログレの話ができないことが判明。
      
いや、別に誰からも相手にされない状況を恐れなければ
何書いたっていいんですがね。
      
でもFACEBOOKやるからには人から『いいね!』と言われたい……
      
小さい。小さすぎるよ、自分。
      
というわけで小市民はブログで鬱憤を晴らすのであった。
      
相手を気にせず書きっぱなしにできる、ってのは
わたしの精神衛生上必要なことなのだと再認識した次第。
      
     
      
さて、プログレ、といえば。
      
今年もやってきました。
日本の夏。プログレの夏。
      
「PROGRESSIVE ROCK FES 2011」が開催されます。
      
今年のラインナップは、KANSAS、Wishbone Ash、PFM。
      
Wishbone Ashは置いとくとして(笑)。
巷のプログレファンはこのラインナップ、どう思っているんでしょう。
PFMでなんとか持ち直した!という感じなんでしょうか。やっぱり。
      
どうもコアなプログレファンからは
一段も二段も低く見られがちのKANSAS。
山田五郎さんも露骨に嫌ってましたしね。
      
その上、現在のメンバーに
ロビー・スタインハートとケリー・リヴグレンの
名前はありません。
      
それでも、わたし的にはめちゃくちゃ思い入れのあるバンド。
KANSASこそメイン!
全盛期メンバーだったらな〜という方も多いでしょうが、
わたしは現在のメンバーにも満足!
こういう人間は少数派なんでしょうね。きっと。
      
もちろん、KANSASをKANSASたらしめてきたリヴグレンの作曲能力や
スタインハートの力強いヴォーカルが失われたのは
本当に大きな痛手です。致命傷と言ってもいい。
KANSASは終わった、と思う人がいるのもわかります。
      
しかしそれでもなお、今のラインナップに少なからず期待してしまうのは、
スタインハートの後釜にデヴィッド・ラグスデールがいるから。
前任者のバイオリンがフィドルっぽい響だったのに対して
ラグスデールのそれは、よりクラシカルで歌うような印象があります。
      
そしてなにより、彼はコンポーザーでもある。
      
自身のプロジェクトやKANSASへのゲスト出演など、マイペースでの
音楽活動は続けているとはいえ(そういえばProto-Kawはどうなった?)、
ほとんど半隠居状態のリヴグレン。
彼がそんな状況である以上、
KANSASが“現役バンド”であるためには
ウォルシュに曲作りのパートナーが必要なのです。
      
1995年、現在のメンバー+グレッグ・ロバート(キーボード)という
メンツで制作された「フリークス・オブ・ネイチャー」。
      
リヴグレンが1曲だけ楽曲提供している以外は
ウォルシュとラグスデールで作られた曲の並ぶこのアルバム、
当然、KANSASらしくない、プログレ風味が足りない、などなど
いろんな批判もあることでしょう。
      
しかし当時すでに懐古的なだけの再結成も
めずらしくなかったプログレ界において、
「KANSASはまだ新しい挑戦を続けているんだ……!」
とうれしい気持ちになったのはわたしだけでしょうか?
      
      
↓ 縦横無尽に駆けめぐるバイオリン、KANSAS史上最高にソリッドなギター。
 全盛期ような構築美はないもののパワーとドライブ感にあふれる好盤。
 「Hope Once Again」はパワー・バラードの名曲!













                         
2000年にはオリジナル・メンバー電撃復帰、
ファン驚喜のアルバム・リリース、なんてこともありましたが、
いわゆる企画モノだったのか長続きせず(このあたりの経緯は
詳しく知りませんが、思えば“全曲”リヴグレンの楽曲、
ボーカルのみでしか参加していないウォルシュ、など
不自然なフォーマットのアルバムでした)。
結局リヴグレン・ホープ・スタインハート離脱、
ラグスデール復帰で現在に至ります。
      
回り道はもういい。
ライブ・アルバムも十分聴いた。
やはりわたしの願いは、
新譜を出し続ける現役バンドでいて欲しいということ。
ココ、こだわります。
      
来日ライブ。
むろん楽しみですが
もういいかげん新作を出して欲しい。
いや、きっと出してくれるはず!
「フリークス・オブ・ネイチャー」を超える傑作を。
      
信じてます。
現在のメンバーは、そのために残った5人なのだと。
      
      
      
      

2011-05-02

Rendezvous 6:15

      
      
時は4月15日PM6時15分。
川崎駅改札にて落ち合った
もはやおなじみ、われらプログレ・ブラザーズ。
      
この日われわれに課せられたミッション、それは
70年代末にこの日本でも絶大な人気を誇った
英国プログレッシブ・ロック最後の徒花、
UKのリユニオン・コンサートを目撃することであります。
行って参りましたよ。
今やプログレの聖地といってもいいかもしれません
川崎クラブチッタ!













                              
振り返れば…
ここに至るまでの道程は長かった。
      
そもそも再結成の噂があったのは90年代中頃でしたかね。
その時は実際にレコーディングも進んでいたとか。
      
当時ジョン・ウェットンはソロとして活発に活動していた頃で、
わたしもアルバムは欠かさず買っていたし、来日すればライブにも行きました。
しかし本人の資質からか
ソロ・アルバムはプログレとは呼べないAOR的な内容。
ライブではUKはじめキング・クリムゾンやらASIAやらの代表曲を惜しみなく披露も、
どーにも“往年の大物歌手がドサ廻りしてる感”漂ってしまうのがやるせない。
どちらも悪くない、悪くないんですが、やっぱり物足りない、
いわば、“プログレするウェットン”に飢えていた、
ちょうどそんな時に持ち上がったUK復活の報だったんですね。
      
業界の裏方(?)に甘んじていた相方のエディ・ジョブソンも
なんかやる気出してるみたいだし、
これは期待するなという方がムリというもの。
しかし新作を今か今かと待ち続けるも一向に出る気配がありません。
その後も何事もなかいかのように続々とソロアルバムを出し続けるウェットン。
あげくはスティーブ・ハケットとGENESISナンバー演ってみたり。
他にやることあるだろ!とどのくらいの人がつっこんだことか
(それでもホイホイ観に行くところが悲しい)。
      
そうこうしてるうちウェットンのASIA参加などもありつつ
いつのまにか干支が一回り。
      
もうUK復活なんてだ〜れも考えてなかった2007年、
今度はジョブソンが動き出します。
自身のバンドUKZを立ち上げ。
UKをひじょーに意識したバンド名ですが
逆に“これでUK復活は確実になくなった”と確信しました。
ウェットンがすでにASIAの一員としても、ジョブソンがフリーなら
まだ万に一つUKへの道はあったかもしれません。
しかしジョブソンも自らのバンドを作ったとなると
もう二人が組むことは(少なくとも当分の間は)ない。
いくら名前が似ていても、ジョブソン一人では(同様にウェットン一人でも)
UKにはならないのです。
ライブではUKやKCの曲を演ったそうですが、わたしは未見。
このバンドにはむしろ過去にとらわれないNEWバンドとして期待していました。
そういう意味でも、その後派生したU-Z Projectにも落胆。
これってただの懐メロバンドじゃん……
      
しかしそこで潮目が変わってきます。
ポーランドでのライブに、ゲスト扱いとはいえウェットンが参加。
そうなると話が違ってくるからファンとは勝手なもの。
昨年11月には一部その時の様子も収めたライブ・アルバムも発売されました。
なんだかんだいって懐古的な自分ってどうなのよ?と思いつつ
だけどこの二人の共演を無視できない。
アルバム買おうか買うまいか、
そんなオヤジごころゆらゆら揺らめいてる最中に
突然発表されたUK再結成・緊急来日のニュース。
      
あまりにも突然だったのでチッタのメルマガに一瞬目を疑いました。
いや〜、びっくりしましたね〜。
しかしタイミング的にはどんぴしゃ。
結果的にU-Z Projectが絶好のプロモーションになったわけですね。
驚きは期待感に変わります。
このライブはなんとしても行かなければ!
      
と、ふつうならこのまま特筆することもなくライブ当日を迎えるわけですが
今回のミッション、ここからが一苦労。
      
まずはチケット争奪戦。
      
先行発売初日、新宿ディスクユニオンに向かうと
そこにはなにやら人だかりが。
はて、(近くの)BEAMSでバーゲンでもあるのかいなと近づくと
それにしては年齢層に違和感ありすぎ(笑)。
まさか……と思う視線の先で
行列がディスクユニオンへと消えていくじゃないですか。
プログレのチケット販売では初めて見る光景です。
あらためて思い知るUK人気の高さ。
そういえば、わたしらが高校生くらいの頃は
UKとか普通にFMで流れていたもんなあ……
どうせプログレ、とひとくくりにしていたわたしが甘かった。
もっと早く家を出るべきだったと後悔しても後の祭り。
残念ながら希望する土曜日のチケットは
わたしの遙か前で完売してしまいました。
それでも金曜日の席がゲットできたのはまだ幸運だったようですね。
その後の抽選発売も落選者続出の様子。
一般発売はもちろん瞬殺。
プログレ界(そんなもんあんのか)的には
ちょっとしたUKフィーバーが吹き荒れました。
まあ、はっきりいってハコが小さすぎたってことなんですが、
呼んでもらって文句はいえませんわな。
      
ようやくチケットも手に入れあとは当日を待つだけ〜
と安心したのもつかの間、3月11日、あの大震災が日本を襲います。
      
今年のプロ野球、わがマリーンズの開幕は仙台で対楽天戦。
じつは3月26日からのKスタ3試合、チケット購入済でした。
しかしそれどころではなくなってしまったのはご存知の通り。
UKと相前後して来日する予定だった
ホークウインドやアレアも早々に中止を決定しました。
御大ジミー・ペイジも来日取り止め。
彼のトークショーの会場は長崎。
英国政府から渡日自粛の勧告が出ていたとはいえ、この用心深さ……
      
しかしこればかりはいたしかたありません。
わたしも半ば覚悟していました。
いつUK公演中止のメールが来るのかと……
      
しかし、こんな時こそ立ち上がるのが憂国の四士!いやニ士!
しかも片方は
日本語の決めぜりふをかまし続けて30余年のウェットンです。
ブリティッシュ・ロック界随一の演歌の男です。
彼らは約束通りやってきました。
      
いろんな事を乗り越えて迎えたライブ当日。
もう、二人が同じステージに立っている姿が拝めさえすれば
あとは何もいいますまい。
なんといっても2人とも若くないんですから。
予習のためこの1ヵ月聴きまくった
70年代に録音されたブートのような脂ののりきったパフォーマンスは
望むべくもありません。
特に今世紀に入ってからのウェットンについては
一時かなりの酷評も耳にしましたしね。
      
ところがどっこい、演奏が始まってすぐに
そんな杞憂は吹き飛びました。
いきなり「In The Dead Of Night」「By The Light Of Day」
「Presto Vivace And Reprise」をイッキ演奏。
全員テンション高い高い。
ウェットンの声も想像以上によく出ています。
むしろソロの時より迫力が増してるかも。
あのでかくなった腹で増幅させているのか?
ジョブソンも相変わらずのテクニシャンぶり。
70年代のライブだってここまでスタジオ・バージョンに
忠実じゃなかったぞ!?というアレンジを難なくこなします。
必殺の透明バイオリンも健在!
一歩間違えばイタイことになりそうな
ファンタジックなルックスのこの楽器。
それを貴公子と呼ばれた30年前同様
なんの違和感もなく使いこなしてしまうとはさすがです!
      
そしてその二人以上に驚いたのが、マルコ・ミネマンのドラム。
かなりのテクニシャンらしいということは聞いていましたが
実際にプレイを聴くのはこの日が初めて。
テクニックもさることながら、こんなにもパワフルだったとは……。
      
わたし、ブラッフォード先生
(ホントはブルッフォードといわないと怒られますが)は大好きで、
参加アルバムは欠かさず買いまくる追っかけです。
でもUKだけはテリー・ボジオに一票!なんですよね。
わたしが思うUKの最高傑作は3人期のブート。
キーボードを中心としながら、ギターの抜けた穴を
ベースとドラムの手数&パワーでカバー、
カバーどころか倍返しでキーボードと三つ巴のバトルを展開、
〜なんていう演奏がUKの楽曲には合ってるような気がします。
というわけで
怒濤の弾幕を張りまくるミネマンのドラムは
わたし的には大歓迎。
      
少しだけ残念だったのは
ギターのアレックス・マカチェク。
あまりにもアラン・ホールズワースを意識しすぎたせいか
ちょっと精彩を欠いていました。
ソロ・アルバムではバリバリ弾き倒してますし
実力はあんなものじゃないと思うんですが……
ただもともとのバンドでもホールズワースは居場所なさげですしね
(そう、わたしは“UKにギターはいらない派”)。
それでもジョブソンがバイオリンに持ち替える時の空白を埋めたり、
ベースをユニゾンでサポートしたり
(ウェットンのベース、さすがに往年の迫力はなくなりましたね……)、
脇役としてしっかり演奏を支えていました。
      
演奏はたっぷり2時間以上。
サックスの代わりにバイオリンが入る「Starless」や
ブラッフォードの「Sahara Of Snow part2」も演ったりしてサービス満点。
もちろん、79年初来日以来のウェットンのオハコ、
「キミタチサイコダヨ!」も炸裂。
アンコールの時には今や伝説のUKコールも巻き起こりました。
アンコールはしっかり3曲。
オーラスはジョブソンのエレピのみの伴奏で
ウェットンが情感たっぷりに「Rendezvous 6:02」を歌い上げました。
正規版、ブート、ウェットンのソロ・ライブと
今までいろんなバージョンのRendezvousを聴いてきましたが
わたしの中ではこの日の歌唱が最高のものになりました。
      
次はぜひともこのメンツで新作を!と欲求は高まるばかり。
しかしお互いの活動もある中、これは叶わぬ願いでしょうか。
新作を出してこその“現役バンド”だと思うのですが。
ただそれはそれとして、
この日のライブ自体は想像を遙かに超えた大満足のライブ。
いろんな事が起きている今の日本に来てくれて、
心から感謝感謝のわたしとYさんなのでありました。
      
……じつはわたしたちも、ライブ前の腹ごしらえに
ラゾーナ川崎でぴょんぴょん舎の盛岡冷麺を。
祈、復興。
      
      
      
      

2011-03-10

HatしてGood

      
       
秋葉原の石丸電気SOFT館が、3月27日をもって閉店するそうです。
秋葉原にはあまり行くことはありませんでしたが、
10代の頃は新潟店にずいぶん世話になったものでした。
当時の新潟ではLPの品揃えが一番だったなあ。
その新潟店ももうなくなって3年になろうとしています。
渋谷からHMVが消えたのもまだ記憶に新しいというのに
なんだか本気でCDとか売れてないようで、ちょっと心配になる今日この頃。
“音楽はダウンロード”って、もう常識なんでしょうな。
わたしなんかが考えてる以上に。
      
でもやっぱり、“パッケージも含めて音楽”と思ってるオヤジとしては
CDやLPが世の中からなくなっちゃ困るんです。
ジャケット・アートがなきゃつまらん!
以前も書いたように、それももちろん理由の一つ。
しかし核心はもっとずっと深いところにあるような気がしてなりません。
“パッケージの存在意義”を問うこと、それは
そもそも“音楽を聴く”とはどういうことなのか?
と問うことにも等しい問題だと思うのです(いや、マジで)。
      
──その昔、音楽を聴くことは“儀式”でした。
LPをていねいにジャケットから取り出し、
きれいに埃を拭い、そっとターンテーブルに載せ、
位置を狙いすまして針を置く。
仮に人にやらせて無造作に盤面を触られたりした日にゃそれはもう一大事。
LPを扱う手続きは各人各様、他人には絶対的に不可侵の領域でした。
しかもそうしていくら気をつけても
1回音楽を聴くごとにわずかではありますが
しかし確実に、盤も針も寿命が削られていく……
音楽を聴く行為は、犠牲と引き替えに手に入れる快楽であり、
きわめて個人的な聖域であり、集中力の発露でありました。
      
時代は流れ、わたしももっぱらCDしか聴かなくなりましたが
休日の午後(少々音量大きめでも大目に見てもらえる
──と勝手に思いこんでいる──時間帯)を待ち、
オーディオと向き合い、CDを“掛ける”という行為は
まだ多少の儀式性を残しています。
      
音楽をすべてデータで扱う?
いつでもどこでも気軽に聴くことはできるでしょう。
儀式だの無常観だのそんなしちめんどくさい行動や屁理屈は必要ない。
“好きなLPほど掛けたくない(すり減るから)”なんていう
貧乏人を悩ました二律背反ともオサラバです。
ストレス・ゼロ。
      
便利な世の中になりましたねー。めでたしめでたし。
……って、本当に?
はたして音楽に、より思い入れることができるのはどっちなんでしょう?
      
もちろん、音楽の実態は
影も形もない“信号(データ)”以外の何者でもありません。
データでやりとりしデータを再生する。ムダはないですね。
しかし単に頭の中をデータが通過するだけで
人の心は動かされるでしょうか。
ライブが感動的なのは、聴覚のみならず
“会場に足を運ぶ”“目撃する”“同じ空気を共有する”といった
五感すべてを総動員させる強烈な“体験”だからこそ。
人は何らかの“体験”を通してはじめて、
感情を突き動かされるものだと思うのです。
      
LPやCDを掛けるといった、少々めんどうな行動も、
音楽を聴くことに伴う重要な“体験”。
つまり、音の連なりでしかない“データ”を
肉体を伴う“体験”に導くための“装置”として
パッケージ(LPなりCDなり)という物理的存在が
必要不可欠なのではないでしょうか。
その“体験”こそが、まさに“儀式”の正体。
LPやCDは、“霊体(データ)”の宿る“依り代/ご神体”というわけです。
      
……かくして、わが家でどんどん増殖していくご神体……
      
さて、今回まためでたく仲間入りしたのは
ハットフィールド・アンド・ザ・ノースの3作品。
わたしにとってのベスト・オブ・ベスト。フェイバリット中のフェイバリット。
毎年新年最初にオーディオで鑑賞するアルバムは
彼らの2nd.アルバム、「ザ・ロッターズ・クラブ」と決めているくらいです
(これが儀式でなくてなんでしょう?)。
それが今年の1月にリマスター&SHM&紙ジャケ化されて
EMIミュージックジャパンから発売されました。
もう何度目のCD化?
わが家でも、特に2nd.に関しては4枚目のCDになりますか。
・1989年Virgin Japan盤、
・2004年東芝EMI盤(紙ジャケ化・リマスターはされてない)、
・2009年Esoteric Recordings盤(2009年リマスター)、
そして今回。
      
正直言って、音質的にはEsoteric盤で満足していたし
紙ジャケ化も特殊な(例えばカーヴド・エアの2nd.みたいな)もの以外には
それほど価値を見い出せないわたしにとって
今回のCDは本当に買う必要があったのだろうか?
      
いやいや、なんと今回のCD化にはサプライズがありました。
解散後に1st.と2nd.の収録曲+アルバム未収録曲やライブ音源で発表された
「アフターズ」の初CD化!
ちなみにこのブログのタイトル横、レコードジャケットの画像に書かれた
「Let’s Eat -Real Soon-」は、このアルバム1曲目のタイトル。
ハッツは2枚のアルバムしか残していないと思い込んでいた若かりしころ、
輸入LP屋でこのアルバムを発見、狂喜乱舞したことを思い出します
(これも音楽が“カタチ”を持っていたからこその感動ですね)。
今となっては収録曲すべて、1st.2nd.のボーナス・トラックなどで聴けるものの
とても思い入れのあるアルバム。
これは買わないわけにいきません。
      
んじゃあ「アフターズ」だけ買えばいいじゃん、
なーんていう理性はハッツの前で無力!
何故わたしはハッツを買うのか?
そこにハッツがあるからさ。
      
……わかってます、わかってます!
冷静に考えれば今回の買い物は微妙だってことくらい……
わたしの聴く限り、リマスターのできばえは
Esoteric盤に軍配を上げざるを得ないし
(Esoteric盤のほうが各音ふくよかな響きが感じられます。
今回のは解像度を求めすぎて音が平板になっちゃった感じかな?
特に高音がちょっとキツく聴こえます)。
まあそれは結果論としても、
目玉の「アフターズ」の帯に極小の文字で書かれたこの一文。
「このCDはオリジナル・レコードからの盤起こし音源となります」。
      
って、おい。こんなサプライズいらないし。
      
もちろんこの手のリマスター&紙ジャケ商法、
わたしみたいな気のいいオヤジの財布目当てなんてのは百も承知。
でも今どきオヤジの財布だって若者同様キビシイのだよ。
こういうことやってると
ホントに誰からもCD買ってもらえなくなるぞ。レコード会社の人。
        
なんて、まんまと買っちゃうオヤジが言っても説得力ないけど。
      
これからもなんだかんだ文句言いながら
お布施、納めていくんだろーな。きっと。
      













                         
↑ 今回発売された3作品。
 ついでだからもう一つ苦言。
 「アフターズ」が発売されるなら
 1st.2nd.のボーナス・トラックは必要なかったはず。
 ボーナス・トラックって、貴重な音源は売りになるけど、
 そうじゃないときはオリジナル・アルバムの美しさを損ねる
 夾雑物でしかないからね。
 1st.や2nd.買う人が必ずしも「アフターズ」も買うとは限らない?
 その「アフターズ」は盤起こしときてるし……
 う〜ん。親切なんだかなんなんだか。
 結局マズイ仕事の尻ぬぐいをさせられてるような……
              
      
      
      

2011-02-13

Trip on a Volcano.

      
      
こないだの休日はマグマ鑑賞会!
といってもべつに新燃岳に行ってきたわけじゃないです。
(新燃岳周辺の方たちのご苦労お察しするとともに
一日も早い事態の収拾を願っております)。
マグマはマグマでもこちらはフランスのマグマであります。
    
またまた登場のご近所プログレッシャーYさん、
マグマの合計8時間におよぶ超弩級4枚組ライブDVDをご購入。
「こりゃ合宿するしかないでしょ!」とご招待いただいた次第。
そりゃこの手のものを奥様の冷たい視線を浴びながら一人で観てもつまらない。
だれか道連れ…いや共感者がほしいですよね。わかります……(涙)。
   
というわけでいい大人が昼からつまみを持ち込んで鑑賞会。
お酒はYさん秘蔵の銘酒の数々。
赤ワインおいしかったですね〜。
イタリアのアマローネという種類のワインだそうです。
さすがYさん。わたしと違って守備範囲が広い。
こだわりのゴールデングラブ男と呼ばせていただきましょう。
             
↓ わたしが持ち込んだ合鴨の薫製と……













                         
↓ トマト&ペペロナータのマリネ。
 Yさんちの美しいお皿にのってわたしの料理もグレードアップ。
 腕が上がったかのような錯覚に……













                          
↓ そして料理の上にずらりと並んだマグマのDVD。
 黒地に金の箔押し。見るからにヘビー(笑)。













                         
さて、マグマ。実をいうとわたし、
「マグマライブ」一枚(2枚組ですが)しか持っておりません。
しかも一度聴いてピンとこないまま
ずっと長い間棚の奥に眠らせておりました。
いろいろな本に「JAZZROCKファンは必聴!」
みたいに書いてあるんだけどなんか違う気がしたんですよね。
それになんたって歌が変!
彼らはコバイア語で歌うのです。
これ、フランス語でも英語でもなく、
それどころか地球上の言語ですらありません。
なんと彼らはコバイア星からやってきたエイリアンだったのです!
      
……とまあ、正直こういうノリについていけなかったのかもしれません。
      
そんなちょっとした不安を抱えつつも鑑賞スタート。
これこれ、この唸るような歌。コバイア語だ。
瞑想的・呪術的なリズム・歌唱がひたすら続きます。
う〜む。やっぱりこれはJAZZROCKじゃない。
ジャズでもロックでも、ましてやクラシックでもない。
マグマはマグマという音楽ジャンルということか
(この言い回し、前回も使ったな……)。
でもそう思うと素直に聴けてくる。
延々数十分クライマックスに向かってひたすら走り続けるメンバーたち。
すさまじいテンション。ボーカリストの汗が飛び散り
一心不乱にドラムを叩くリーダー、クリスチャン・ヴァンデは
やばくなってる頭髪を激しく振り乱す。
白目むいちゃってるけど大丈夫か?
こりゃもう完全にイッテるよ!
そしてクライマックスの大爆発。
なんだかこっちまで熱くなってきましたぞ。
目はまわりアタマはぐらぐら。
これは杯の進むワインのせいだけではないはず……!
      
ちなみに開業医をされているYさん。
カルテ整理の時にマグマを聴きながら
気持ちよ〜く歌っていったら(もちろんコバイア語で!)
看護師の方に見られてどん引きされたそう(そりゃ引くよね)。
でも思わず力が入って口をついて出てしまう感じ、わかります。
思考を超えたところで身体に直接働きかける力というんでしょうか、
そんなものがたしかにある。
      
ふとあの名言が思い出されます。
40代後半以上のすべてのおっさんの座右の銘。
「考えるな、感じろ。」
      
カテゴリーにこだわったり、
コバイアのコンセプトを頭で理解しようとすることが間違っていました。
JAZZROCKだろうがそうじゃなかろうが
地球人だろうがそうじゃなかろうが
歌えばいいじゃないか。トリップすればいいじゃないか。
遠巻きに見聞きするのじゃなく、噴火のそのただ中に身を置き、
どっぷりとマグマを浴びることが必要だったのです。
さあ、奥様も看護師さんもご一緒に。
燃えよ!マグマ!アチョー!
      
……しかし残念ながらこの濃密な体験、一日2時間が体力的に限界です。
続きはまたの機会にぜひ。
翌日はモヤモヤした火山灰とときおり見舞われる激しい空振で
アタマの中がえらいことになりました。
はたしてこれは、二日酔いかマグマ酔いか。
      
次回に備え、Yさんから借りたCDを聴き込む前に
まずは合宿に負けない体力を養うことが先決ですな。
      
      
      
      

2010-10-04

キースといえば?

       
       
エマーソン。こう答えたあなたはエライ。
ちゃんと頭脳改革されてますね。
これからもプログレ者の鑑として堂々と突き進んでいってください。
       
ティペット。こう答える方も多いでしょう。
あなたも正しい。
でもちょっと周りからは小難しいオッサンと思われてるかも。
“1曲50分超・全篇ピアノソロ即興”とか、人に聴かせたりしてませんか?
       
リチャーズ…。このブログ的には何も申し上げることはありません…。
常識ある社会人としてまっとうな人生を歩んでください。
       
…とまあ、キースといってもいろいろですが、
今日のお題、キースはキースでも
キース・ジャレットなのであります。
       
去る9月29日、オーチャード・ホールにて行われた
キース・ジャレットのトリオ(巷にいう“スタンダーズ・トリオ”ですね)による
公演に行ってきました。
       
キース・ジャレット…。いわずと知れたジャズの名ピアニスト。
わたしはアルバム2枚くらいしか持ってないニワカファンですが、
彼の音楽はぜひライブで聴きたい!と
パートナー&音楽好きの先輩方を誘って行くことにした次第。
トリオの他2人、
ゲイリー・ピーコックとジャック・ディジョネットにも興味あったしね。
       
この2人、ジャレット以外でもECMでいろんな人と共演してるので
耳にする機会は多いミュージシャンです。
ただ、今までは“好きなミュージシャンのアルバムを買ったら
たまたまこの人たちが共演していた”って感じだったので
正直あんまり気合い入れて聴いてなかった…(笑)
これを機会にちゃんと聴いてみよう。
       
ちなみにプログレ的にムリヤリこじつけると…
ゲイリー・ピーコックはビル・ブラッフォードのソロに参加していた
アネット・ピーコックの昔の旦那さんですね(遠い!)。
ジャズ・ロック的にはディジョネットが
英ジャズ界の第一人者ジョン・サーマンとの共演多し。
ブラッフォードのソロで思い出しましたが、
ケニー・ホイーラーのアルバムでもドラム叩いてます(これも遠いか…)。
       
さてさて、コンサートのほうはとういうと、
これはもう、すばらしいの一言。
ピアノ、ベース、ドラムスのアコースティック編成で
もっともオーソドックスかつ基本的なカタチのジャズ・トリオ。
これでいわゆるスタンダード・ナンバーを演奏します。
普通こう聞くと「たいくつじゃね?」とか思ってしまうものですが、
それがまったく違います。
そもそもスタンダードといっても、完全に彼らによって再解釈されたもの。
それはキースを中心に即興で紡がれていきます。
こうして演奏されるスタンダードは
一音一音がそこにあるべくしてある厳しい音の連なり。
そうあってこそ奏でることができる感情の起伏。
緊張感と心ふるわす感動が入り交じった、豊かな音楽。
“たいくつ”なんかとはまったく真逆に位置する音楽なのです。
そういった(ともすると矛盾しかねない)感覚を、
耳から聴き頭で理解するだけではなく、
“空気”として身体で納得できたのはやはりライブだからこそ。
いや〜、やっぱ行ってよかったな〜。
       
↓コンサート終了後出入り口に貼り出されたセットリスト。
まだ曲目不明なところが…(笑)。
アンコールは2曲やりましたよ。






















                               
残念だったのは…
シンバルやハイハットがえらく反響して耳障りだった…。
クラシックもやるんだよねぇ、あそこ。
あんなんで大丈夫なんでしょうか?
       
コンサート後は神山町のADAN OHANA GALLERYで食事。
締めには鯛めし。













                                   
じつは9月29日はわたしの誕生日。
先輩2人にごちそうになってしまいました。
ごちそうさまでした!
       
       
       
       

2010-08-24

Heads are Burning! 〜燃ゆるご同輩〜

      
      
フジロックやサマー・ソニック。
若い音楽ファンにとって、夏はフェスティバルの季節。
わたしのようなおっさんにはあまり関係のない話だと思ってましたが
どうも今年あたりは様相が変わってきたようで。
      
フジロックにロキシー・ミュージック、サマソニにスティービー・ワンダーが参戦。
あきらかにおっさんの財布の中身を狙ってる臭いがぷんぷんします(笑)。
      
しかし頭ではそんな“仕掛け”がわかっていても、
手が勝手に財布の紐をゆるめてしまうのもまた、おっさんのサガでして。
ただ、さすがにロキシーのためだけに苗場には行けません。
そんな「夏フェス・ヴァージン」のおっさんにうってつけの企画が
22日、日比谷野外音楽堂で行われました。
      
「PROGRESSIVE ROCK FES 2010 プログレッシブ・ロックの祭典
〜めくるめく音世界への誘(いざな)い〜」
      
なんと日本で初めてのプログレッシブ・ロックのフェスティバルです。
      
参加ミュージシャンは四人囃子、ルネッサンス、スティーブ・ハケット・バンド。
3組だけっていうのがフェスとしてはちょっとさみしい気もしますが
まあ、最初ですから(次はあるのか?)。
      
てなわけで、このブログでももうおなじみ(?)、
プログレとモルトとアロハシャツをこよなく愛するYさんと二人、
行ってきました。
      
PM3:30 野音到着。
予想はしてましたが、まだまだ強い陽差しの照りつける座席は
ものすごい温度です。もちろんまわりはおっさんおっさんおっさんの大群。
危険!太陽光線に“地肌”を直撃される人多し!
思わず熱中症で搬送される人の出ないよう祈る…
わたしも帽子持ってきてよかったですわ。
      
まず一組目、四人囃子の演奏です。
すみません、不勉強で「日本の伝説のプログレ・バンド」
ということぐらいしか知りません。
音を聴くことすら初めてでしたが、かっこいい。なんか勢いがあります。
もちろんわたしらよりぜんぜん年上ですが、若々しいパワーが漲ってました。
日本のオヤジもまだまだがんばらねば。
      
続いてはルネッサンス。
ルネッサンスといえば一にも二にもアニーの歌声。
アニーといっても築地の卵焼き屋ではありませんぞ。
アニー・ハズラム。シルクのようなエンジェル・ヴォイスで魅了する
プログレ界屈指の歌姫です。
前回の来日のときは行ってないので
ソロ・アルバム(「ブレッシング・イン・ディスガイズ」)の
ジャケ写(ハイキーの加工がちょっとわざとらしい)が
わたしの頭の中のアニー直近の姿(それでも早16年前…)。













                         
おおお… ステージ上に表れた姿のあまりの肝っ玉母さんぶりに時の残酷さを痛感。
思えばアニーも還暦をとうに超えてるはず。
あの美声は聴けるのか? 不安が胸をかすめます。
      
しかし一発目、「プロローグ」の高音スキャットでそんな不安はふき飛びます。
すごい!伸びやかな高音が会場に響き渡る!
ある時はエネルギーにあふれ、ある時は優しく包み込むように歌う。
そのなんという圧倒的な存在感!(体型の話じゃないからね)
      
アンコール曲、「マザー・ロシア」。中盤の美しすぎるスキャット、
そしてクライマックスを朗々と歌い上げ、
そのままブレスなしでささやくようなフレーズを歌いきるエンディング。
全身鳥肌が立ち、不覚にも目頭が熱くなりましたよ。
Yさんと二人、ただただすごいの連呼。
      
フェス用の短いセットだったのがほんとに残念!
川崎のクラブ・チッタの単独ライブにも行きたかったですねー
(そちらが一般発売後すぐに完売してしまい、それでこっちを買ったのです)。
      
そしてトリはスティーブ・ハケット・バンド…… というところで、
MCのストレンジ・デイズ編集長、岩本晃市郎氏が
ジェネシス・ファンにはおなじみの
黒マントに逆三角のかぶり物をして登場、笑いを誘います。
でもどうせやるならマントの下に銀色のコスチュームを着ていて欲しかった!
そのくらいはやらないとあの場の客は楽しめませんぜ!
      
それはさておき、いよいよスティーブ・ハケット・バンド登場。
お、なんとハケットのほかにギターがもう一人います。
それも金髪でスタイルのいいおねーちゃん!
マイケル・ジャクソンといい、ジェフ・ベックといい
若い女性をバンドに加えるのが流行ってるんですかね。
しかし!あくまで演奏にこだわるのがプログレファン。
けっして姿形には騙されませんぞ!
…とかいいつつすでに目は釘付けになってるオヤジたち。
      
そんな彼女、残念ながら演奏自体は終始控えめ。
なんと言ってもギターはハケットがメインなわけですから、これは仕方ないでしょう。
ただし、ヴォーカル(コーラス)としての貢献度は大。
そしてこのバンド、キーボード以外みんな歌うんですね。
音域が狭く正直あまりうまくないハケットのヴォーカルをみんなで盛り立てます。
      
じつはソロになってからのハケットをそれほど熱心に聴いていなかったわたし。
初期を中心に数枚しか持ってません。
その原因の一つが、たまに入る彼のヴォーカルでした。
「自分で歌わなきゃいいのに」とずっと思っていたんですね。
ギター・サウンドや紡ぐメロディーのすばらしさには
文句の付けようがないんですから…
(その証拠(?)に、3人のすばらしいゲスト・ヴォーカリストを立てた
2枚目の「プリーズ・ドント・タッチ」は
むしろわたしのフェイバリットの一つになっているほどです)
      
しかし今回のライブでは“ほぼ全員コーラス”の力業で
ヴォーカルの弱さを克服。さらに演奏のよさ
(なかなか手数王のドラムとリッケンをバキバキ弾き倒すベース!)
との相乗効果で大迫力のかっこよさです。
      
そして言うまでもなく、ハケットのギターは唯一無二。
      
「フライ・オン・ア・ウインドシールド」では
“やっぱりジェネシスのギターはこの音じゃないとダメなんだ”と
しみじみ再認識。
そして曲の後半、ドラマーがリード・ボーカルを取り始めます。
ここでも“やっぱりジェネシスのヴォーカルは…”と一瞬頭をよぎりますが
まあそれは言わぬが花でしょう。
あんな絶対的カリスマ変態ヴォーカリストと比べられたらかわいそうです。
それに、この彼のがんばりのおかげで
われわれは最後にすばらしい贈り物をもらうことになるのですから。
      
ステージが暗くなり、流れてくるピアノのイントロ…
そう、それは「ファース・オブ・フィフス」!
      
いや〜、まさかこの曲がフルコーラスで聴けるとは!
それもドラマーの彼がヴォーカルでがんばってくれたおかげ。
…とはいえ聴き所はもちろん、すべてのプログレ者の心をわしづかみにして離さない
泣きまくるギターソロですけどね。
      
Y氏曰く「ハケットはテクニックをむやみにひけらかさない、
だけどすごいギタリストだよね」と語ってましたが
わたしもまったく同感です!
ふつう、ライブでこれだけ長いソロパートがあると
世のギタリストたちは、ここぞとばかりにアドリブのフレーズを加えたり、
無駄に小難しい技を誇示したがるものです。
しかし彼は一切そんなことをしません。
ほとんどレコードと変わらないフレーズを、しかし情感たっぷりに奏でます。
以前何かで、ハケットのそういうところが物足りないと評する人がいましたが、
的外れもいいところですね。
この曲のギターソロは、もはや手を加える余地などない、
緻密に構成された完成品なのです。
間違いなく、彼はその“完璧な美しさ”に自信を持っているのでしょう。
そしてわたしたちも、その“完成された美しいギターソロ”を聴きたいのです。
      
…「ファース・オブ・フィフス」の余韻に酔いしれながら、
ラストはソロからの曲で大団円。
会場全体拍手の渦。そしてスタンディング・オベーション。
      
みんなすばらしいパフォーマンスでした。
ただひとつだけ、残念というわけではありませんが
これをやってくれたら最高だったのに!と思ったのが
アニーとハケット二人による「リプルズ」。
彼女は以前、ジェネシスのトリビュート・アルバムで
この名曲を歌っているのです。
さすがにそれは欲張りすぎだろうというのはわかっていましたが、
心のどこかでほんのちょっと期待していたのもまた事実。
      
これはやはり、PROGRESSIVE ROCK FESが
第2回、第3回と続いていくことに期待しましょう。
そうすればいつか、アニーとハケットに限らずとも
そのような奇跡のジョイントをこの目で観、
この耳で聴ける日が来るかもしれませんからね。
      
とまあ、こうして
満足と感謝とそして飽くことのない欲望を我々の心に残し、
おっさんが最も熱く燃えた一日が終わったのでした。
      
・・・・・・・・・・・
      
さて、燃え尽きたあとは腹が減るもの。
フェスのあとは自宅近くの焼肉屋へ直行。両家の奥方を交えて夕食です。
わが家にとっては久しぶりの焼肉。
うちのパートナーは大の肉好きなんですが、
わたしが昔ほど肉食じゃなくなったもので…
      
てなこともあり、“奉行”はYさんにお任せ!
熱く燃えたハートを炭火に変えて、繰り出す華麗なトング捌き。
“しまちょう”、うまかった〜!
絶妙の焼き加減に感動です!
      
………じつはY氏、
プログレとモルトとアロハシャツのみならず
焼肉にもこだわる男だったのです。
      
      
      
      

2010-08-09

ラジオ酢豚の悲劇。

      
      
ついにNHKがやりました。
      
FMにて「今日は一日プログレ三昧」と題し
8日の午後12時15分から9日午前13時ちょうどまで、
12時間と45分間、プログレのリクエストのみをかけ続けるという
暴…いや快挙を成し遂げました。
      
前半のゲスト、KENSOの清水さんがオタ…いや、博識なのは知ってましたが
関根史織さんといううら若き女性、
Base Ball Bearというバンドのベーシストだそうですが、
なんなんですかこの子は!!
      
女性にも聴いてもらいたいかわいい曲です、とかいって
ゴングの「マスター・ビルダー」って…(笑)。
で、めちゃハマってるのがサムラ・ママス・マンナですか。
…畏るべし。
      
そして「プログレ諸国漫遊」というコーナーでは怒濤の辺境系3連発。
3曲も続けられると、どこまでがどの曲なのかまったくわからん!
しかも、唐突にフレーズが繰り返されるところなど
「さすが辺境(何がさすがだかよくわからないが)、変わった構成だなー」
と感心して聴いていたら
曲のあとにレコードの音飛びを謝ってるし。
まぎらわしいじゃないか!
      
そして極めつけの
アルタード・ステイツによる「宮殿」完コピ・生ライブ。
インプロ部分もレコード通り完全再現という、
意味ないようなあるような、この矛盾撞着ぶりがプログレっぽい。
すさまじい演奏が意味論的カオスにさらに拍車をかけます。
      
…あまりの内容の濃さにビビリながら聴いてましたが
さすがに13時間近い長丁場とあって
後半はちょっとパワーダウン。
特にラスト1時間を切ってからの選曲はもう少し考えて欲しかったなあ。
カンサス、ラッシュ、UK…。わたしも好きですが、
この時間帯でかけるべきじゃなかった。
聴いてる人たちみな、「VDGG、カーヴド・エア、(その他もろもろ
それぞれご贔屓のミュージシャンたち)」は、かかるのか?
と、固唾を呑んで待ちかまえているところに
「ナッシング・トゥ・ルーズ」じゃ、そりゃズッコケますって。
MCの山田五郎さんはカンサス、ラッシュで完全にテンション下がっちゃってるし
(彼は自ら“ヨーロッパ偏重主義”といってましたね)。
もっと番組の前半、導入のあたりで軽めにかけてくれたらよかったのに。
彼らに対するこの扱いは、わたしなんかからすると
逆に愛がないんじゃないかと思ってしまうわけです。
      
とはいえ、よくぞやってくれました。
10代のころは音楽との出会いの場としてかけがえのない存在だったラジオ。
それがいつからか露骨なプロモーションが幅を利かせるようになり
この20年余りは“ラジオで音楽を聴く”ことをすっぱりあきらめていました。
でもまあ、せっかくチューナーも買ったことだし
これからはまた、たまにラジオも聴いてみますかね。
      
      
↓プログレ三昧聴きながら作った黒酢酢豚。
 からめるタレが少なすぎて失敗。
 しかも棚から皿を出すときにあわててしまい、隣の丼が落下して大破。
 …「宮殿」生ライブをちゃんとリビングで聴きたかったんだよ!













                         

2010-07-28

人生の中のプログレ。

      
      
1ヶ月のごぶさたでございます。
      
この空白の1ヶ月の間、わたしの身に何が起こったのか?
なんと長年付き合ってきたパートナーと結婚したんですね。
      
それもハワイで。
      
ハワイ──
どこまでも青い空と海、爽やかに吹き抜ける風。
まさに地上の楽園。
ハワイ大好きなパートナーの
たっての希望で決まったハワイ・ウエディングですが、
もちろんわたしも嫌いじゃないっすよ。
      
ただ、そこはプログレ者、
「新郎新婦の入場曲は、ジェネシスの
『ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ』にしよう!
(あの重いメロトロンのイントロで荘厳に入場!)」といったら、
「ハワイアンとフラがあふれるパーティーにしたいの!」
と真顔で反対された…。
そんなぁ、冗談に決まってるじゃないですか…(ちょっと涙目)。
      
てなわけで行ってまいりました。ハワイ。
いやあ、あの開放感というかゆったりした空気感は
やっぱりすばらしいですね。
もちろんパーティーも盛り上がって楽しかった!
日本から来てくれた人、段取りを付けてくれた皆さん、
すばらしい会場と料理を提供してくれたお二方、
本当にありがとうございました。
      
そんな、たっぷりハワイを満喫したわたしの旅のお供。
わざわざ家から持っていったCD2枚。
      
↓ Waikiki Parc Hotel にて













                         
ジェネシス「眩惑のブロードウェイ」。
「ウォッチャー〜」の入っている「フォックストロット」も好きですが
ジェネシスで1枚、となるとわたしはこれです。
      
そして、
ハット・フィールド・アンド・ザ・ノース「ザ・ロッターズ・クラブ」。
フェイバリット中のフェイバリットにして
わたしのなかのオールタイム・ベストの座に四半世紀以上君臨する名盤。
毎年新年の“聴き初め”はこのアルバムと決めてます。
LPのUK盤に遠く及ばないCDの音質にはずっと悲しい思いをさせられてきましたが
昨年出たリマスター盤にてようやく満足。
躍動感あふれるリチャード・シンクレアのベースが戻ってきました!
「マンプス」におけるオルガンとのスリリングな絡みは
何百回、何千回聴いても鳥肌が立ちます。
      
      
…普通なら、MP3データにしてiPodなりを持っていくんでしょうけど、
これはそういうこととは全く意味合いが違うんですね。
極端な話、音楽を聴くことが目的ではないのです。
      
ホテルで聴けなくてもいい、ましてパーティーで流れなくてもいい。
人生の節目のその時に、同じ空間に共にいる、それが大事。
こちらもわたしの大切な“パートナー”。
      
青い海を眺め、爽やかな風に吹かれていても、
心に流れる音楽はプログレ。
それが我らプログレ者の心意気です。
      
      
      
      

2010-06-29

ジャッコでメシウマ〜。─「The Bruised Romantic Glee Club」Jakko M. Jakszyk

       
       
…といってもちりめんジャコではありません。
カンタベリー系をお聴きになるかたならもちろんご存知、
ジャッコ・ジャクジクであります。
       
この舌を噛みそうな名前は養父がポーランド系ゆえなのだとか。
ポーランド風に発音すると“ヤッコ”となるそうですが
彼自身は英国人なので英語的に“ジャッコ”と名乗っているようです。
       
日本語的にはどちらにしてもうまそうな名前。
(冷や)ヤッコに(ちりめん)ジャッコ…
       
そういえば… あのベースの神様もちょっと付け加えたら
“ジャコ(の)パス(タ)”。
あ〜、ハラ減ってきた…
       
くだらないダジャレはさておいて、そのジャッコ・ジャクジク。
先にも書いたとおり、80年代後半以降のカンタベリーを追いかけてると
ちょいちょい遭遇するミュージシャンです。
ざっとふり返ると、スチュワート&ガスキンや
ピーター・ブレグヴァドの諸作に参加、
そのブレグヴァドやジョン・グリーヴスらと
ザ・ロッジというバンドを結成したこともありました。
90年代のそれらの活発な活動や自身のソロ・アルバムもありましたが、
その頃はデイヴ・スチュワートやブレグヴァドのよき相棒、
どちらかといえば脇役的な印象でしかとらえていませんでした。
       
しかしその印象が覆る時が来ます。
2002年に21stセンチュリー・スキッツォイド・バンドの
Vo.兼G.として来日したのです。
今までカンタベリーの人だとばかり思っていたのにこの人脈はいったい?
あとで知るのですがなんとジャッコはマイケル・ジャイルスの娘婿。
こういう繋がり方もあるのかと驚いたのを憶えています。
(マイケル・ジャイルスのまったく衰えていないドラムは
じつはもっと驚愕でしたが)。
       
そして昨年から今年にかけて、さらに衝撃的な噂が飛び交っています。
なんと、もう何期目になるか数えるのもうざったい
あのキング・クリムゾンの次期フロントマンを彼が務めるのだとか…!
御大ロバート・フリップとはいつの間にこんなに仲良くなっていたのでしょう?
       
同じく次期クリムゾンに参加するドラマーのギャビン・ハリソンは
以前からジャッコとともに活動すると同時に、
御大が目をかけるスティーヴン・ウィルソン主催の
ポーキュパイン・トゥリー現メンバー。
そして過去のCDをひっくり返してみると、
1994年に出したジャッコのソロアルバムにおいて、ハリソンのほかに
リチャード・バルビエリやスティーブ・ジャンセン、ミック・カーンといった
元ジャパンのメンバーと共演しています。
買った当時は「けっこう人脈広いんだ」ぐらいにしか思いませんでしたが、
リチャード・バルビエリはすでにポーキュパイン・トゥリーのメンバー、
肝心の御大はといえば、その同じ頃、やはり元ジャパンの
デヴィッド・シルヴィアンとコラボ活動真っ最中でした。
       
なんだか相当絡み合ってますね。
もしかしたら90年代前半ごろからすでにコンタクトがあったのかもしれません。
このあたりだれかきちんと取材してくれるとおもしろいと思うんですけど。
(ちなみに、こうやって人脈追っかけるのも
プログレの大きな楽しみのひとつなんですよね)。
       
…とまあ、そんなこと考えてるさなか発売されたのが
ジャッコの何枚目かのソロアルバム、
「ロマンティック・グリー・クラブ」。
といっても日本版がこの4月に出たのであって、
英米では2006年発表だからKC参加の噂とは時系列的に逆ですけどね。
ただ、その噂を踏まえて聴くと
なお一層興味深い内容となっていることは確か。
カンタベリー好きKC好きは必聴です
(残念ながら今回ジャパンの人は参加なし)。













                          
2枚組のこのアルバム、
DISK1は自身のオリジナル曲集、
DISK2はカバー曲集という構成。
       
まず、参加ミュージシャンがえらいことになってます。
クリムゾン関係者として、フリップ御大をはじめメル・コリンズ、
イアン・マクドナルド、イアン・ウォーレス。
カンタベリー組はヒュー・ホッパー、デイヴ・スチュワート、
クライブ・ブルックス(音楽続けてたんだ!)。
その他、盟友ギャビン・ハリソン、ダニー・トンプソンや、
個人的にツボのジョン・ギブリン。などなど…
2006年作なのですでに鬼籍に入っている人も(合掌)。
ウォーレスは2007年初頭に亡くなっているから
ほとんど最後に近い録音なのでは?
(レコーディングの日付がないので何ともいえませんが…)
       
そしてさらに、DISK2の選曲が楽しすぎる!
       
まず初っ端はソフトマシーンのセカンドからの曲。
ここではなんと今は亡きホッパー自身がベースを再演しています。
思いもかけないカタチで聴くファズ・ベースに涙。
そしてラトリッジっぽいファズ・オルガンの音色もみごとに再現され、
加えて、ここ20年来スチュワート&ガスキンでも絶対聴けなかった
デイヴ・スチュワート独特のオルガンのトーンが響き渡ります。
いや〜、カンタ好きとしてはこれだけでも買った甲斐があるってもんです。
(でもスチュワートのこのトーン… 頑なに昔の音を出さない人なんで
もしかして録音自体は古いのでしょうか???)
       
続いて「冷たい街の情景」。
全盛期のレイクに真っ向から対抗するのを避けたのか(笑)
インド風アレンジの変化球で来ました。
まあ、あの頃のレイクはよすぎますからね…
       
「ねずみの涅槃」。
ヘンリー・カウのカバーってのを初めて聴きましたよ。
なんとも恐れを知らぬというか。
ほかにもう1曲、「市民の王の九つの葬式」もカバー。
ともにカウ史上最もPOPな曲ではありますが(笑)。
「ねずみの涅槃」の中間、インプロ部はサックスの代わりに
ジャッコがギターを弾きますが、オリジナルよりヘンなリズムです!
       
「アイランズ」
やはりKCの次期フロントマンが歌うアイランズ、
とても気になるところです…。
でもこれ、わたしは気に入りました。
ボズ・バレルの頼りなげなボーカルや
即興を織り交ぜ危うさを孕んだキース・ティペットのピアノ、
マーク・チャリグのコルネットが
何とも云えない寂寥感を醸し出していたオリジナルに対して、
このカバーはしっかり構築された
完成度の高いプロダクションになっています。
メル・コリンズのフルート、サックスは流麗に流れ、
ピアノは(“即興”に対して)“アレンジの鬼”デイヴ・スチュワート。
ジャッコのボーカルもしっとりと静かに、しかも堂々と歌い上げます。
もちろん、どちらがいいかは好き嫌いのあるところでしょうが
カバーとして1曲だけを取り出して聴かせる場合は
こちらほうが素直に感情移入できるのではないでしょうか。
情感あふれるジャッコの歌声に、次期KCへの期待も膨らみます。
       
…なんだかカバーの紹介ばかりになってしまいました。
もちろん、DISK1のオリジナルもすばらしいことは強調しておきます。
歌ものあり、インストありのバラエティに富んだ内容。
でも基本的にこの人は生粋のPOPの人ですね。
ブレグヴァドほど諧謔的、グリーヴスほどアヴァンギャルド
ではありませんが、少しひねりがありつつ独特の哀感を漂わせる
味わいのあるPOPS、そんな曲が並んでいます。
       
そういえばエイドリアン・ブリューもソロはめちゃくちゃPOPでしたね。
“POP感覚を持つマルチプレイヤー”というのは
ロバート・フリップの好みなのでしょうか?
       
思うにブリューもジャッコもボーカルやギターとして以上に
右腕となるメロディーメーカーとしての採用なのでしょう。
ただ、そんな両者にも相違点はあります。
ブリューのキレた躁気質とジャッコの憂いを帯びた情感。
次期キング・クリムゾンのコンセプトは
このあたりが鍵になるような気がしていますが… はたして。
(KCにはじつはもう一つ、“飛び道具”という鍵が
あると思うんですが、それはまた別の話)
       
いずれにせよ、今までサラダなんかにちょろっとのっかって
渋くうまみを演出していたジャッコですが、
これからは主食の上にどどーんとてんこ盛りで
その味わいを堂々と主張してくれることでしょう。
       
       
       
       

2010-05-17

渋谷からの哀悼。─「Masques」「X-RAITED!!」Brand X─

      
      
またしても訃報です。
      
ケイト・ブッシュやポール・マッカートニー&ウイングス、
マイク・オールドフィールドなどなど、さまざまなミュージシャンの
アルバムに参加したことで知られるパーカッショニスト、
モーリス・パートが4月27日に亡くなったそうです。63歳でした。
      
70〜80年代、ロック系アルバムでパーカッショニストといえば
ほとんどこの人の名前だったんじゃないか、ってくらい活躍していましたね。
ソロや自身のバンド(サントレッダー)での活動も見逃せませんが
このブログ的には何といってもブランドXを語らないわけにはいきません。
      
以前、わが心の師パーシー・ジョーンズについて少し触れたことがありますが、
いうまでもなくその彼が在籍したバンドがブランドX。
そこに2nd.アルバムから参加し、以後ずっとパーカッショニストとして
バンドを支えたのがモーリス・パートでした。
      
特にアルバム「マスクス」発表前後、
リズムの中心だったフィル・コリンズ不在の窮状を救ったのは
このモーリス・パートだといっても過言ではないでしょう。
      
この「マスクス」においてリズム面の主導権を執っているのは
間違いなくモーリス・パートの多彩なパーカッションです。
コリンズに代わり参加したチャック・バーギ(後にレインボーに加入して
知られることになるドラマーですが、最近ではビリー・ジョエル・バンドの
メンバーとして来日。びっくりしましたねー)はシンプルなドラミングに徹し、
パートが自在に動き回るスペースをお膳立て。
縦横無尽のパーカッションとキープに徹するドラムにより、
このバンドの売りでもあるジョーンズとのスリリングなリズム・アレンジと
かつてなかった(気持ちのいい)ノリのよさを両立しました。
さらにパートはコンポーザーとしてもすばらしい楽曲を提供。
演奏作曲両面におよぶ彼の活躍によって、
ブランドX史上まとまりは随一ではないでしょうか。
メンバー一丸強靱なアンサンブルを叩き出す
完成度の高い傑作アルバムに仕上がっています。
      
↓ LPはその昔、貸した友人もろとも行方不明に(元気ですかー?)。
 数年前に出た紙ジャケは中身が同じなので未購入。
 乞う!リマスター!













                          
そして、その「マスクス」発表時(1978年)
ニューヨーク・ボトムラインでのライブを収録したブートレッグ「X-RAITED!!」。
「マスクス」からの曲を中心にしながらもこちらはうって変わって“破壊的な”傑作。
こちらもモーリス・パートの魅力をたっぷり堪能できますが、
それだけにとどまらず、わたし的には“これぞブランドXの最高傑作!”と
密かに思っている1枚なのです。
ドラムはマイク・クラーク、さらにギターはマイク・ミラーに変わっていて
メンバー全員、手数の鬼となり暴走に次ぐ暴走!
すべての曲でアドリブ合戦を展開!スタジオアルバムにおける演奏時間の
倍くらいの長さになっています(1曲目と5曲目はほぼ20分)!
全編70分以上、常に飽和状態の音数、アンサンブルは崩壊寸前。怒濤の疾走感。
そしてここでもイニシアチブを握っているのはモーリス・パートです。
完全に“イっちゃってる”ソロはあのジェイミー・ミューアを彷彿。
アルバムよりはるかに手数が多くイマジネーション豊かな
パーカッション・プレイで他のメンバーを煽る煽る。
ピーター・ロビンソンのキーボードがさまざまな音色で空間を駆け巡る中、
パーカッションに対抗するパーシー・ジョーンズの
調性無視の変態ベースはいつも以上のあばれっぷり。
あのヘッドハンターズのマイク・クラークも、パートにせき立てられて
タイトな手数重視の高速プレイで突っ走ります。
      
ブートにしては音質もまずまず。
高音がバリバリ割れますが、ギターの音などむしろ迫力が増して結果オーライかも。
このマイク・ミラーという人物、ジャズ・フュージョン系の人らしく
押し引きを心得たプレイを聴かせるものの(ただ一人冷静なプレイ?)
正直、グッドソール(によるロックからのアプローチ)ならどうだったろう、
と思わせる瞬間があるのは確か。
このへんが唯一残念なところでしょうか。
      
ただ、生粋のジャズ・フュージョン系プレイヤーが2人もいる中、
その手のいわゆる“フュージョン・サウンド”に流れていないのは、やはり
即興をしてもジャズに根ざさないパート、ジョーンズの
資質によるところが大きいでしょう(現代音楽家としても活動するパートと
中近東趣味を押し立てるジョーンズ)。
ジャズとロック、その他雑多な音楽要素のぶつかり合い、
この混沌こそジャズ・ロックの真骨頂!
危ういバランス(アンバランス)、爆発力、疾走感、すばらしすぎます。
ブランドXはコリンズがいなくてもすごいのだ!
      
↓ なんというお下品なジャケットとタイトル。
 でもジャケ写をむりくり切り貼りした他のブートに比べたら
 まだ“ひねり”が感じられる?













                         
その昔、ブランドXというと必ず
“米国ジャズ・フュージョンに対する英国からの回答”なんていう
煽り文句がくっついてきて、よくリターン・トゥ・フォーエバーなんかが
引き合いに出されていましたが、どうもピンと来ませんね。
(わたしの場合は順序が逆だったので、その後RTFを聴いたときに
見事に期待がはずれてしまったわけです。今なら、求めるものが違うと
わかりますが…。音楽ジャーナリズムも罪作りです)。
要はそんな型どおりの枠で捉えられないごった煮、
それがブランドXだったのです。
      
少々ジャズ方向に傾いた公式ライブ盤「ライブストック」は
今ひとつ物足りない…というあなた、そして
「マスクス」はカッコイイけどちょっと予定調和だな…と感じるあなた、
「X-RAITED!!」はそういうかたにぜひ聴いてほしい音源です。
といってもブートなんであまり大きな声ではいえませんね。
というか、今でも入手できるのだろうか…?
      
ノヴァがジャズ・ロックの世界を広げてくれたバンドだとしたら
ブランドXはわたしのジャズ・ロック遍歴の原点となったバンド。
じつをいうと、あまりにも愛しすぎているので
どのようにまとめようかと悩みつつブログに上げるのを避けていました…
それがこんな形でアップすることになるとは。
      
このバンドについてはまだまだ語りたいことがたくさんあります。
しかしそれはまた、改めて。
      
今はただ、モーリス・パートの生み出した音に耳を傾け、
冥福を祈りましょう。
      
      
      
      

今夜は、プログレッシブないと♪

          
         
先週の日曜日は、このブログにたびたびご登場いただいている
Yさんをわが家にお招きし、音楽鑑賞会。
なんとYさん、筋金入りのプログレ・マニアなんですね〜。
知り合ったばかりの時はそんな気配などまったくなかったんですが
(それはお互い様)、ひょんなことから発覚。
お〜、こんなところにいたかプログレ・ファン!(だからお互い様だって)
今ではこうしてたまに鑑賞会を開いたり一緒にライブに行ったりしております。
         
で、この日のお題は… 「クリムゾン・キングの宮殿」研究!
Yさん所有の「デビュー40周年エディション」を
延々一日中聴きまくろうという企画。
なんたってこの40周年エディション、ライブ音源などもありますが、
ほとんどが1枚のアルバムのマスタリング違いやミックス違い、
ヴァージョン違いなどの6枚組。基本的に曲はいっしょなのです。
まさにファンには至福!そうじゃない人には理解不能の鑑賞会。
この時パートナーはまだ八戸に…
じゃなきゃできませんよ、こんなこと。
         
↓ よ、四角い顔! …でかい。













                          
研究結果。
これは奇跡の傑作です。以上。
         
こんな歴史的名盤に今さら語る言葉などありません。
個人的に好きな作品は他にたくさんありますが
客観的に考えて1969年にしてこの完成度は神懸かりとしか思えない。
         
ボキャブラリーの乏しさからか
ついつい「神」とか「奇跡」なんていう言葉を使いがちですけど
基本的にそんなもの信じちゃいない根っからの不信心モノのわたし
(本厄で厄払いもせずアキレス腱を切った男!)。
それでも唯一この作品を表現するときだけは
それが安易なレトリックじゃなく、文字通りの意味に思えてきます…
やっぱりこのアルバムは特別です。
         
そして今回の目玉、スティーヴン・ウイルソンとロバート・フリップによる
2009年リマスター・バージョンがまたすばらしい。
         
わたしもご同輩同様、悪名高い“クリムゾン商法”には騙され続けてきたクチ。
1999年リマスターも2004年リマスターも持ってますが
これはまったくの別物といっていいでしょう。
         
中でもDVD Audio/5.1チャンネルミックスがすごい!というのが
もっぱらの噂。しかし残念ながらわが家の貧弱なサラウンド環境では
ポテンシャルが引き出せません。というわけでCDでの再生ですが
それでも十分楽しい!
         
なんといっても各楽器の分離と定位感が抜群に向上。
「21世紀のスキッツォイド・マン」における冒頭のヘビメタ部、
あのひしゃげ、歪んだボーカルやギターの音塊にも
立体的な音の重層感を聴き取ることができます。
そして白眉は「ムーンチャイルド」、インプロヴィゼイションの臨場感。
ひとつひとつの音が溜息の出るような繊細さで空気をふるわせ、
その空気を共有しているかのようなリアルさを持って伝わってくる。
1969年と2010年、イギリスと日本。時間と空間を超越する瞬間です。
         
ロバート・フリップには今までさんざん貢いできたわたしですが
いいかげん足を洗おう!とこの40周年エディションはシカトしてました
(2004年リマスターや既発のライブ音源との抱き合わせは露骨すぎる!)。
でも実際に聴いちゃうと、やっぱりいいんですよね〜。
2009年リマスター1枚だけ別売りしてくれたら即買いなんですが…
DVDとの2枚組なら販売してるので、そちらを買ってしまおうか?
DVDはいらないんだけど…
         
あれ、やっぱり騙されてる?
これぞ一度はまったら抜け出せないプログレ地獄。
         
宿っているのは神だけじゃなかったよ。
         
         
──────────────────────────────────────
         
         
そてにしても聴いた聴いた。
午後2時から夜の11時まで。9時間ノンストップ宮殿三昧。
         
日が暮れてからはYさんの奥様もいらっしゃって
食事をしながらの鑑賞会。
奥様はもちろん、プログレのプの字も知らないまともなかた。
無理につきあっていただきました。
ヘンな夢でうなされたりしてないですよね?
         
この日のディナーは前日から仕込んでおいた中華料理。
         
↓ 前日仕込んだ東坡肉。この状態で1日寝かします。
 一緒にゆで卵をつけ込んでみた。













                           
↓ こちらも仕込んどいた清湯。
 これでトマトと卵のスープを作るのだ。













                         
↓ 棒々鶏の茹で鶏は、湯に紹興酒、ネギ、生姜を入れ
 12〜3分茹でたら火を止めそのまま冷ます。
 保存もゆで汁とともに。これで鶏もしっとりやわらか。













                          
家からは少し歩くんだけど
笹塚のクイーンズ伊勢丹が皮付きの豚バラ肉を扱っているのは
以前からチェック済み。
いつか東坡肉を作ってやろうと狙っていたのです。
初めてにしてはまずまず成功? ほっと一安心。
         
ただ、チャレンジはこれだけ。
あとは麻婆豆腐、チャーハンなどで安全運転。
お客さんに食べてもらう料理、
事故ったら取り返しがつきませんからね〜。
         
Yさんご夫婦からは炊き込みご飯、タケノコまるまる1本
(灰汁抜きしていただきました。多謝!)、
そしてバームクーヘンのおみやげを。
Yさんからは以前モルトのボトルをいただいてますし。
うむむ、ますますプレッシャーが(笑)。
         
↓ いただいた烏骨鶏バームクーヘン。卵の甘み。味が濃い!













                         
おみやげはどれもおいしくいただきました〜。
中華のほうはどうだったでしょうか?
         
へたなプラモデルといっしょで
自分で作って満足しているぶんにはいいんですが
人のためにっていうのはまだまだ居心地が悪いんだよね。
         
         
         
         

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