2012-05-17

Three of a Parallel Life.



「くそっ、あいつが全部やっちまった!」

若き日のジャクソン・ポロックは、
ピカソの画集を床にたたきつけ、こう叫んだそうです。

なんだかめちゃくちゃわかるなあ。
わたしも美術系学生の端くれだった30年近く前、
同じようなことを思ったモノです。

あのアメリカを代表する前衛芸術家ポロックにも、
ブレイク以前には苦悩しながら試行錯誤を繰り返す日々があったのだとか。

その頃の作品を見ても、
ピカソ風ありカンディンスキー風ありミロ風ありetc.etc.
……なんか好みもわたしと似てるし。

クロッキー帳に描きとめられたアイデアスケッチ
(という名のちょっと恥ずかしいイタズラ描き)なんて、
「オレかよ!」と心の中で思わず叫ぶシンクロ具合。
ああ、ポロックさんもこういうの描いたんだね……

もちろんポロックとわたしの間には
数万光年にも匹敵する遙かな隔たりがあるのは言わずもがな。

わたしの恥ずかしい若描きが衆人の目に曝されないのは
単にわたしが無名の一般人だからにすぎません。
一般人万歳!

結局、苦悩の“種類”は似ていても
“深さ”が違ったということでしょう。
だからピカソの画集を眺めたとき、
似たようなことを思ってもわたしはそれを
床に叩きつけるようなことはしなかった。
それどころか「やっぱピカソってスゲエわ」なんて
早々に白旗を揚げる始末。
ポロックにあったであろう「いつかは超えてやる!」という強い意志が、
当然のことながらわたしにはこれっぽっちもなかったのでした。
このへんが、一般人と偉大なアーティストを分ける
決定的な分岐点なのでしょうね。

しかしその苦悩のあまりの激しさによるものでしょう、
ポロックは若い頃からアルコール依存症に苛まれ、
精神分析の治療も受けています。

わたしだって「酒飲みまくってでろんでろんに酔っぱらったら
きっとスゴイ絵が描けるんじゃないか」なんて思ったこともありましたが。
って、そういうことじゃないか。

キャンバスの上をのしのし歩き回り、大きく刷毛を振り回して描く
アクション・ペインティング。
ためらいなど微塵も感じられない制作風景からは想像もできなかった
その境地に至るまでの(美大生にはあるある的な)悩み。
遙かな隔たりは厳然とあるとしても、でもそれが
足元の地面でつながっていたんだと、ちょっと親近感が湧いたって話です。



で、そんなわたしがふと思い出したのが
前衛芸術のロック界代表、ジェイミー・ミューア。
ガラクタのようなパーカッションの合間を歩き回り
手当たり次第に叩いたり蹴ったり吹いたりする様は
まさに音の奔流を描くアクション・ペインティング。



観る者、聴く者に鮮烈な印象を叩きつけ、
でもあっという間にシーンから消え去ったところも似ています。
ポロックはブレイクから3〜4年後に
プレッシャーから再び混迷期に入りアルコール依存も再発、
自動車事故により44歳の若さで他界してしまうのでした。

てっきり天然の人だと思い込んでたミューアさんも
ポロック同様苦悩の日々があったのでしょうか?

キング・クリムゾン脱退後は引退して仏教の修行をしたとか……
以前何かの雑誌で画家としてセカンドキャリアを積んでいるという話も……

少なくとも人生後半に関しては、
自分の属していた世界に執着しなかったことで
(傍目には)迷いのない人生を歩けているように見えます。

ポロックさんも全盛期の後は違うことをやっていたら
もしかしたら死ぬことはなかったかもしれませんね。

正直この歳になり、このまま今の仕事続けていいのか
疑問が首をもたげる今日この頃。
今後わたしも歩むならミューアさんの人生、といきたいところですが
いざそんな潔い転身ができるかどうか。

スパッと足が洗えるのも
その世界で大きな仕事をやり遂げてこそなんでしょう。
悲しいかな一般人。

たしかにこの頃のキング・クリムゾン、
ジェイミー・ミューアが起爆剤となり
ロックにおけるインプロヴィゼーションの地平を開拓。
それはとてつもない破壊力を以て
われわれにインパクトを残しました。

そしてその後も手を変え品を変え、時代が変わっても
常に新たなコンセプトを提示し続けたモンスター・バンド。
ニュー・ウェイブとの接近、エスニックなリズム、
更に時代は下りダブル・トリオおよびProjeKctという実験的編成、
そして新時代のメタル・ミュージック……

そうです。そこには第3の人生を歩む男の存在が。
今や“偉大なる詐欺師”が代名詞、ロバート・フリップ。

キース・ティペット、ジェイミー・ミューアを始め、
パオパオギターやスティック奏者、エレドラ奏者などなど、
次々と“飛び道具”をバンドに引き込み、
自らは(プレイもするけど)専ら黒幕としてバンドを操る。
さらには自身のレーベルを立ち上げ運営……

結局、こういうプロデューサー・タイプが
一番成功するってことですか。そうですか。

「世の中には2種類の人間しかいない。
自分で何かをするのがうれしい人間と、
人に何かをさせて満足する人間だ。」

これは四半世紀以上デザインの仕事をやってきたわたしが
絶対的真理として疑うことのない持論ですが、
典型的な前者であるわたし、フリップさんにはなれません。
そのへんはとっくに諦めてますけど。
それに成功と幸せは必ずしもイコールじゃないし。
ってこれこそ一般人の常套句ですね。

そしてきっと、プログレの世界でも、
世界中の多く(…はないか)の若きプレイヤーたちにとっては
こんな言葉が常套句なのに違いありません。

「くそっ、キング・クリムゾンが全部やっちまった!」





2012-02-16

オルタード・カルボナーラ

帰省やらハワイやら
何かと家を空けることが多かった1月。
こまめに手間のかかるパンチェッタの仕込みを
しばらく休んでおりました。
しかし、わたしもパートナーもカルボナーラLOVE。
卵とチーズの濃厚なコラボレーションの誘惑!
パンチェッタじゃなくてもカルボナーラは食べたい!
てなわけで、“変形カルボナーラ”、作ってみました。
今時パンチェッタくらい近所のスーパーでも売ってるけど
それじゃあブログのネタにもならないしね。
まずは「親子カルボ」。























パンチェッタの代わりに鶏肉。
わたしはたまたま家にあった胸肉を使いましたがお好みで。
胸じゃやっぱりパンチがないので
アクセントにインゲン、そしてタイムを投入。
食感と香りに変化をつけてみました。
ちなみにパスタは手打ちのカヴァテッリ。
続いては「スモーク・サーモンのカルボちゃん」。























なんだカルボ“ちゃん”って。いいおっさんが恥ずかしいぞ。
じつはこれ、隠し味に味噌を入れてるんですね。
“ちゃんちゃん焼き”からの発想というわけ(ダジャレかよ)。
そしてもう一つは昔懐かしい卵味噌。
つまり、シャケと味噌は合う。味噌と卵も合う。
これはイケるに違いない!!!!(う〜ん天才)
……ただ注意しなきゃいけないのが
スモーク・サーモンの塩分。
味噌は甘めのものを少量で。
もうちょっと味噌の風味を立たせたいけど
生鮭は加熱が必須だし。
う〜ん、まだまだ試行の余地アリ。
イケると思ったんだがなあ……(前言撤回)
それにしても
コレステロールなどなんのその。
卵を消費しまくるわが家。
……あ!
今月人間ドック予約してたの忘れてたよ。
カルボでメタボとかダジャレにもならん。
この体もオルタード・カーボンしたいわ。

2012-02-15

オルタード・カーボン

      
今読んでる本、「オルタード・カーボン」がなかなか読ませます。
















                              
27世紀の未来、人間の精神はデータ化され、
肉体を取り替える=オルタード・カーボン(“変身コピー”と訳されています)
となることで不死が可能になった世界。
      
そんな時代、ある事件の捜査を依頼された主人公が、
他人の体をあてがわれ見知らぬ土地(=地球)で陰謀に巻き込まれる……
というストーリー。
      
フィリップ・K・ディック記念賞を受賞したということだけど、
ディック的というよりは、もろに「ブレードランナー」の世界です。
      
退廃的な空気が支配する街の中、暗殺者に狙われながらも
拳銃(!)片手に事件を追う主人公。
飛び回るエアカー、ちょいちょい飛び出す日本趣味。
      
SF的設定・ガジェットはこれでもかと投入され、
むしろ「ブレードランナー」を凌駕する濃密さ。
あの世界観がさらにアップ・グレードされて脳裏に展開されます。
「ブレラン」好きは必読でしょう。
      
ただ、レプリカントをフォークト・カンプフ・テストで追い詰める
バウンティー・ハンターのごとく、
何にでも重箱の隅をつつかずにいられないのは
われらSF小舅の悲しいサガ。
      
読み始めてすぐひっかかってしまったのが、
せっかくの設定なのにそこから演繹されるべき認識論的側面には
ほとんど踏み込んでいないところです。
      
例えば、登場人物のメンタリティが27世紀にしてはかなり現代的。
みんな、人の“外観”に惑わされすぎじゃない?
肉体を取り替えることがあたりまえになった世界に住んでるわりには
あまりにもナイーブ。
      
それにもっと根本的な問題。
この世界、富豪たちは肉体のスペアをいくつも持っていて
不慮の事故(殺人含む)で死んでも、自動バックアップされた
精神データをダウン・ロードして何度でも生き返る。
でもそれって“不死”とは言わないよね。
      
バックアップは何から何まで自分そっくりではあるけど
それは「わたし」じゃない。
自分が生きてる間にバックアップを起動させてみればばわかりやすい。
わたしはわたし、バックアップくんはバックアップくんだ。
バックアップくんも間違いなく「わたし」だと思っているだろうが。
      
このへんのところは、それはそれでおもしろい話ではありまして、
いろいろ考え始めちゃうと「わたし」という概念自体揺らぎだす。
じつは結論も一概に言えなかったりするんですが、
まあ普通、特に説明のない場合
「わたし」と「バックアップ」を分けて考えるのが
最近のSFでは常識だと思うんだけど
(この考えに沿った場面もあるにはあるけど
むしろよけい不死との矛盾が気になる)。
      
「でもそこ突っ込んじゃうと根底から吹き飛んじゃうよなあ……」
などと考えながらも読み進んでいくわけですが、それでも
いつの間にか話に引き込まれている自分に気づきます。

なんたってこの小説、なかなか凝ったプロットを
このガジェット満載の世界の中で読ませるにしては
かなりリーダビリティが高い。

著者はあえてそれらのめんどくさい議論を回避したんでしょうね。
まともに扱っても今や希少種のSF読みしかよろこばないし。
      
その手のSF的思索をオミットしたことによって得られる
ドライブ感、ノリの良さ。
主人公による一人称の語り口も観念的とはほど遠く
即物的で無頼。
      
つまりこの著者が目指したのは、ハードはハードでも
ハードSFじゃなくてハードボイルドなのでありました。
(「ブレードランナー」の脚本家も“未来のフィリップ・マーロウ”を
イメージしたといいます)。
      
確かにハードボイルドの主人公ともなれば
美女を目の前にしたらBED IN!がお約束。
美女の肉体にピクリともしないカケ離れたメンタリティの持ち主じゃ
こっちも感情移入できないからね!
      
ちょっと“ご都合”なところはありますが
SF的設定のストーリーへの絡め方もツボを得てるし、
アクションも満載。
「ブレードランナー」の世界、ジャンクなガジェット、
ハードボイルドな主人公、サスペンス。
エンターテインメントとしてこれはこれで十分アリ。おもしろいです。
      
発表当時、いち早く映画化権が売れたのも納得。
      
まあハリウッドとしても、ある意味
「ブレードランナー」以上に「ブレードランナー」らしい世界観が
イメージしやすかったんだろうね。
      
でもそれが“21世紀の「ブレードランナー」”となり得るかは
また別の話。
      
言わずもがなだけど
「ブレードランナー」には重要なテーマがあった。
それこそまさに、この小説が議論を避けた
「わたしとは何か?」という問題。
      
「ブレードランナー」が提示したのは
この小説を含む数多くのフォロワーを産んだ
あの世界観だけじゃなかった。
      
はたして「オルタード・カーボン」の映画化は?
      
小説の映画化の世界観を小説にした映画化。
      
レプリカントのレプリカントのレプリカントはやっぱり偽物?
この構図、ちょっとディック的。
      
「ブレードランナー」のオルタード・カーボン。
      
ただの“劣化コピー”にならなきゃいいけどね。
      
      
      
      

2012-02-08

Across The Border

      
旅。
      
がんじがらめの日常から逃れ
境界を越えて
殻の外から自分を見つめ直す。
      
Travels With Myself
      
あてどなき彷徨。
人生のExile。
      
そして帰還。
      
不肖ながら、帰って参りました。
      
ハワイから。
      
いや〜、ハワイいいっすね〜。
輝く太陽。心地よい風。
日本の記録的寒波なんて忘れてましたわ。
      
仕事から少し離れるいい機会。
これからの人生じっくり考えてみようと
旅立つ前は思っていたんですよ。ホントに。
あるいはとっくに冗談じゃなくなってる
老後の心配とか。
      
しかしねー。行き先がハワイってのがどうも。
      
彼の地に足を一歩踏み入れた瞬間、日本で悶々としていたことなんて
見事にどーでもよくなっちゃうんですねこれが。
南国の魔力。なんくるないさ〜!マイ・ペンライ!ケ・セラ・セラ!
(ハワイの言葉じゃないけど、いいじゃない!)
      
そもそもたかが5泊程度の滞在じゃ
じっと考え事してるヒマなんかあるはずもないし。
      
パートナーと二人、シー・カヤック乗って、買い物して、
散歩して、ジャンク食べまくって、
あと、友人の結婚式に出席して。
      
That’s All
      
あっという間に旅の時間は過ぎ去り、
結局また
何もなかったかのように日常に舞い戻る。
      
楽しかったから、ま、いいか!
(なんだか南国の魔力とは関係ないような気がしてきた)
      
そういえば。
      
前回ハワイに行ったときは
お気に入りCDをトランクに詰め込み
一部の友人から(そこまでするか!と)不評を買いましたが、
今回はなんと、文明の利器を活用しましたぞ!






















                        
この旅行のためにiPodオーディオを買ってしまいました
荷物になってることに変わりないけど。
      
ちなみに上に乗っかっているiPod mini(わが家では最先端)は
パートナーの所有。
彼女の好きなハワイアンしか入っていないiPodに、わたしのCDを
(頼み込んで)いくつか取り込んでもらったのであります。
      
ハワイではもちろん大活躍。
部屋ではずーと音楽ならしてた。
      
音質的なことを言っちゃえば、ご多分に漏れず
中域は薄いし、ブーストされた低音が耳に障るし、音場は狭い。
しかし(試聴した)S○NYとかのおもちゃっぽいのに比べたら断然よろし。
なんたって旅行目的、コンパクト重視ゆえ選択肢も限られる。
そんな中ではデザインが断トツに良いので
総合的にはいい買い物したと思ってます。
余談だけど、なんで日本のメーカーはこーゆーデザインできないかなあ。
ありえないでしょ。S○NYとかのおもちゃっぽいのとか(しつこい)。
      
それは良いとして。
      
実は今回、ハワイで聴いてみたい曲がありました。
あの名曲「Diamond Head」。
      
そう、エレキがテケテケと心地よい夏の風物詩…
って、ベンチャーズじゃなくって。
      
プログ好きならおなじみ、あのトンボのメガネで有名な
フィル・マンザネラ ソロ・アルバムの中の一曲。

















                              
それにしても「Diamond Head」、
アルバム・タイトルでもあるのに
ジャケットがぜんぜんハワイっぽくないのは何故だろう。
アメリカ中西部を走ってるユニオン・パシフィック・鉄道の
昔の機関車らしいのですが。
そりゃ大きなくくりではアメリカには違いないけど、
このざっくり感は彼に流れるラテンの血がなせるワザ?
      
それは言い過ぎとしても、確かに最近では
ラテン・ルーツを意識した音楽性を追求しながら
精力的に活動するマンザネラ。
ビバ!ケ・セラ・セラ・スピリット。
このソロ1作目でもそこはかとなくおおらかな空気を感じます。
そんな感覚がハワイのゆったりした時間の流れにじつに合う。
いつのまにかジャケットのミスマッチなんかマイ・ペンライ。
エコノミー・ホテルの窓からは何も見えなくても、
心はダイヤモンド・ヘッド・ビュー。
そしてラテン・ルーツに敬意を表して飲むコロナ。
う〜ん。たまらん。
      
とはいえ、プログレばかり流していては
パートナーに叱られます。
ハワイまで来てケンカになってもつまりません。
      
ここはひとつ、家ではできない必殺ワザを!
      
シャッフル機能〜〜〜!
      
は?そんなにもったいつけるほどのものじゃない?
否。このワザこそわたしにとっては超えてはならない一線。
アルバム1枚で一つの完成された作品とする
われわれプログレッシャーにとっては
この世に存在することすらアンビリーバブルな機能です。
アルバム1曲目を聴きだしたら
そのまま最後まで聴き通さなければならない鉄の掟。
順番を入れ替え、あまつさえ他のミュージシャンの曲と混ぜるなど
考えるだに恐ろしい。
ああ、プログレの神様、お許しください。
とうとう禁断の果実に手を触れてしまいました。
      
でもまあ、ここはハワイだし〜。
マイ・ペンライ、マイ・ペンライ、と……
      
な、なんだこれは。
ギャビー・パヒヌイの後にハット・フィールド・アンド・ザ・ノース。
エイミー・ハナイアリイの後にナショナル・ヘルス。
ナレオの後にジェネシス。
      
ハワイの空気もどこかへ吹き飛ぶシュールっぷり。
プログレオンリーより破壊力あるじゃん!
シャッフルスゴイわ。ipod、侮りがたし。
      
人生観は変わらずとも、音楽観は変わったかも。
      
      
      
      

2011-10-23

過剰の愛


久しぶりの更新であります。
ネタがなかった?
いやいや、ブログはサボっても
自炊活動およびプログレ活動はしっかり継続してたんですが。
特にプログレ界では
むしろイベントてんこ盛りだったここ数ヶ月。
8月のKANSAS来日に始まり今や夏の風物詩
日比谷野音の「プログレッシブ・ロック・フェスティバル」、
10月はこれまた年1回のお祭りになりつつある(のか?)
NHK FMによる「今日は一日プログレ三昧」の放送。
そして11月早々にはだれもが驚いた
「イタリアン・プログレッシブ・ロック・フェスティバル」開催。
十数年前から徐々に再発、来日は盛んになってきていたものの、
去年辺りからこのようなグループの枠を超えたムーブメントが起こり始めてきました。
来ちゃいましたね。ついに。
第2次プログレ・ブーム!
プログレ・ニュー・ウェーブ!
プログレ・ルネッサンスが!
思えば80年代。
世の中が浮かれ出すと同時に「重い、暗い」と世間の片隅に追いやられ、
ついにはレコード店やラジオから一切のプログレが消滅したあの時代。
西新宿の雑居ビルの一角に出入りし、高値で取引される輸入盤に
なけなしの金をはたいていたわたしたちは、
間違いなくアンダーグラウンドな存在でした。
それが、まさかまさか、
野外コンサートでオーディエンス総立ちの中、皆で「伝承」を歌い、
真っ昼間のラジオから流れる
「Tenemos Roads」を聴きながら
酒を酌み交わす日が来ようとは。
プログレ全盛の70年代前半はまだ小学生だったわたしたちは、
じつは数年の差で黄金時代に乗り遅れてしまった世代。
バブルで廃れ不況になると流行るプログレ、というのも
ちょっと複雑な心境ではありますが
まあ、ここは素直にブームを喜びましょう。
遅れてやってきた我が世の春を。
(肝心のミュージシャン達は晩秋の雰囲気もありますが…)
というわけで、最近の私のミッションは
「イタリアン・プログレッシブ・ロック・フェスティバル」
(字数多いな)に向けOSANNAをしっかり予習すること。
じつは『イタリアン』で反応するのは食欲だけだったわたし。
プログレに関しては英国・北米中心。
食わず嫌い克服のため、
そちら方面でもオーソリティーのおなじみYさんから
CDをお借りして猛勉強という次第。

















今更ですが、OSANNAスゴイなあ。
時にGENESISを思わせる叙情の嵐と
KING CRIMSONにも迫るヘヴィーネスが
交錯しまくる展開は濃い〜の一言。
過剰な音数、過剰な展開、過剰な感情表現、etc.etc.…
プログレの定義の一つに『過剰の美学』という項目があるとするなら、
OSANNAの音楽はまさに過剰中の過剰、
プログレの中のプログレといえるのかもしれません。
これを生で体験できる「イタリアン・フェス」。
略すとまさに食欲のそそられるようなイベント名ですが
まあそれはともかく、
なんとも楽しみになってまいりました。
そうそう、『イタリアン』といえばもう一つ、
こちらは正真正銘、おいしい『イタリアン』。
新潟ご当地グルメの王様、みかづきの「イタリアン」が
なんと家庭で手軽に食べられるようになっていたとは!
↓ 「新潟っ子のソウルフード」という煽り文句はちょっと恥ずかしい…
その通りなんだけど。

















この袋入り生麺の「イタリアン」、
見つけたのは新潟の駅ビル。
東京では見たことないけど、全国展開してないのかな?
関東在住で「近所のスーパーにあったよ」という方がいらっしゃったら
ぜひご一報を。お願いします(マジ)。
で、完成形がこちら。

















具のキャベツ、もやしと付け合わせのショウガは自分で用意。
作り方は至って簡単、具と麺を炒め
付属の焼きそばソースで絡めて皿に盛り、
温めておいたトマトソース(これも付属)をかけるだけ。
コツはズバリ具に変に凝らないこと。
肉を入れるなどもってのほか! チープな味が命。
そして白ショウガ(いわゆるガリですね)を必ず添える!
焼きそばソースとトマトソース、そしてショウガ、
この三位一体のハーモニーこそ神髄。
ゆめゆめ忘れるべからず。
麺の感じはちょっと違うけど味はなかなかの再現度。
不思議なうまさがあるんだよね〜。
ガキの頃の刷り込みかもしれんけど。
そもそも普通のソース焼きそばで十分うまいのに
なぜあえてそこにトマトソースをかけるのか。
これもまた、『過剰の美学』いや『過剰の美味』。
「イタリアン」の名に恥じないプログレッシブ・グルメ。
子供の頃からこの味に慣れ親しんでいたわたしにとって、
遅かれ早かれ、イタリアン・プログレを聴くのは
運命だったのかも?

2011-08-31

タジンの関係

      
      
今さら言うまでもないと思いますが、
わが家の辞書に流行という文字はありません。
      
事例その1:地デジの対応は7月に入ってからだった
(これは流行じゃないか)。
      
事例その2:Blu-ray Discレコーダーは持ってないが
カセットデッキとVHSデッキはまだ現役だ。
      
事例その3:いまだに3D映画を観たことがない。
      
事例その4:もちろん二人とも携帯はスマホじゃない
(ちなみに言っとくと、二人の業界のスマホ普及率は98%以上!
体感では)。
      
事例その5:……アプリ??ワイハイ??
    
etc.etc.……
      
いや、もちろん、
たまにはそれらしいものに乗っかることもあります。
今年に入ってFACEBOOKを始めたり、とか。
でも少なくともFACEに関して言えば、半分は仕事のためであり
“あえて流行に身を投じてみた”という意識。
踊らされるんじゃなく、意識的に利用しているというか。
まあ、そういうことにしておいてください。
      
とそんなわけだから、このブログでも
今年の夏のヘビーローテーションは素麺とYES!
なんて素っ頓狂なことを書いたりするわけです。
      
こんなわが家にも正真正銘の“流行りもの”がやってきました。
それはタジン鍋。
とんがり帽子みたいなカタチしたアレです。
      
すみません。
流行りものは流行りものでもずいぶん前の流行でしたね。
まあ、いいじゃないですか。
      
なんたってこのタジン鍋、
じつはマリーンズ友達のK夫妻からいただいた品
(ありがとうございます)。
こちらのご夫妻、特に奥様は
世界中、しかも「フツー行かねーだろー」
という土地を旅してまわるコスモポリタン。
タジン鍋がブームだとか廃れたとか、
そんなことはちっちゃい日本の中だけの話。
もっと世界的な視点で選んでいただいたに違いありません。
モロッコあたりじゃ何百年(何千年?)も前から大ベストセラー。
そもそも“流行りもの”なんて書くこと自体、失礼でした。
ごめんなさい。
      
というわけで使い始めたタジン鍋。
これがやたら便利でびっくりなのであります。
      
蒸し料理はもちろん、ちょっとした煮込み料理もできます。
ちゃんとした料理以外にも
ちょっとジャガイモを茹でたい時にタジン鍋で蒸したり、
季節的にはトウモロコシを蒸したり。
お湯をわかす手間がかからないのがうれしい。
      
それこそブームの時は
「蒸し料理だけでしょ。無視無視。」てな感じでしたが(とほほ)
いざ使ってみると、思っていた以上に
いろいろなことができるので大活躍。
もう一つ、ものぐさ亭主的には
鍋のまま食卓に出せるのもポイント高し!
     
定番の豚バラ肉と野菜の蒸し物。













                         
もちろん魚もいけますし、ソーセージのグリルだって。
          
そして先日作ったのが……













                              
上にピーマンやらハーブやらのっかっているので
よくわかりませんが













                              
ロールキャベツ。
      
トマトソースで蒸し煮しました。
イタリアンパセリやコリアンダーなどハーブを利かせ、
そしてモロッコ料理に欠かせないという
クミンシードを少し練り込んでいます。
これを入れると一気に異国情緒満載。
う〜んモロッコ風。
実際にはチュニジア風も中東風も
区別はつかんのですが。
      
ついに作った! タジン鍋でロールキャベツ!
コレがホントの「モロッカン・ロール」!
      
……パートナーよ、すまん。
こないだの夕食をロールキャベツにしたわけは
ただこのダジャレが言いたかっただけなのだ。
まあ、わたしの立てる献立なんてこんなものです。
               
「モロッカン・ロール」。
言わずと知れたBrand Xのセカンド・アルバム。
北アフリカの民族音楽とロックン・ロールの融合!みたいなタイトルですが
中身はぜんぜん関係ありません。
いきなり1曲目がサンスクリットの歌とシタールの早弾きでインド風。
「Malaga Virgen」はスパニッシュだし。
確かにBrand X史上最もエキゾチックな雰囲気のあるアルバム。
でもどの辺がモロッコ?という疑問も。
しかも異国情緒だけにとどまらず
一発録りアドリブ大会やらプログレ的展開を見せる曲など
ハンパなくバラエティに富んだ内容です。
いつも言うけど、凡百のジャズ・フュージョン的
セッション垂れ流しとは一切無縁の音楽。
ある意味最もBrand Xらしいアルバムかも。

















                          
以前も書きましたがBrand Xの音楽って“ごった煮”なんですよ。
どこそこの民族音楽がどうだとかこうだとか、
へんな理屈こねるより、
楽しそうだから何でもやっちゃおうぜ、的なノリというか。
で結局タイトルが意味不明になっちゃったりする。
というか深く考えてないんでしょうね。
      
なんたって名前が「Brand X」。むりやり日本語にしたら「銘柄不明」。
これもおそらく何も考えないで付けた名前なんでしょう
(一説には、スタジオの機材リストに記載されていたのを
たまたま目にして決めちゃったのだとか)。
しかしこれがうまいことハマりました。
      
もう何やったっていいんです。
どんなタイプの曲やったっていいし
どのメンバーが抜けて誰が入ってきてもいいし。
だって「銘柄不明」。
守るべき“ブランド”が存在しないんですから。
      
事実、メンバーが入れ替わり立ち替わりしながら
いろんなタイプのアルバムを作っていきます。
正調JAZZROCKアルバムから
フィル・コリンズが歌うPOPナンバー入りのアルバムまで。
      
ただし。
モロッコ料理にクミンの香りが欠かせないように、
Brand Xに唯一欠かせないのが、
わが心の師パーシー・ジョーンズのベースでしょう。
私見に偏っているかもしれませんが、これだけは譲れないところです。
事実、Brand Xの歴史上彼が一曲も参加していないアルバムはありません。
ジョーンズがピリッとスパイスを利かせて、Brand Xと名乗るなら
あとは何をやってもBrand Xの音楽なのであります。
      
「Unorthodox Behaviour」から「Manifest Destiny 」まで。
編集版・海賊版も含めて。
フェイバリットはその時々の気分で変わったりしますが
それぞれに良さがあり、味わいがある。
      
わたしは全アルバム、一枚残らず、大好きです。
      
タジンも、Brand Xも、何でもアリ。
      
だからこそ、おもしろいのだ!
      
      
      
      

2011-08-18

ヘビーローテーション

      
「また物騒なところから名前持ってきたもんだなあ」と思ったのが
今や国民的アイドルとなったあのグループを初めて知ったときの感想。
『秋葉原』が語源とはつゆ知らず、当然の如く
旧ソ連の自動小銃『AK47』を連想してしまったわけですが、
今年の春ごろ「カチューシャ」なんて曲を耳にするに至って
個人的にやはりこれは確信犯であると認定。
カチューシャといえば
同じく旧ソ連軍の多連装ロケット砲のことじゃないですか(注1)。
      
実際、彼女たちのファンの中には
「アーカーべー」と発音する人もいるとかいないとか。
このあたりのオタク心をくすぐる小技までいちいち憎い。
いやはや、恐るべし。
      
おっと、べつに彼女たちのことが書きたいわけじゃありません。
わたし自身はキョンキョン以来時間がピタリと止まってしまった、
もはやアイドル不感症のおじさん。
語る資格もございません。
      
さてさて、ようやく本題。
ヘビーローテーションのはなしです。
      
それにしても連日暑い暑い日が続きます。
なんでも猛暑といわれた去年をも上回る暑さとか。
いくら夏は嫌いじゃないといっても
ただでさえ脂っこいものが苦手なお年頃。
さすがにのどを通るものも限られてきます。
      
そんな今の季節、わが家のヘビーローテーションは
ずばり素麺。
      
前振りが長かったわりにはおそろしく平凡な展開じゃねーか
とつっこんだあなた。
その平凡の中にこそ、凄みがあるというものですぞ。
      
子供の頃は「ええ〜? またソーメン〜」と
いつも母親にブータレたものでしたが、
この年齢になってつくづく感じる素麺のすばらしさ。
さらに作る側にまわってからは、よりいっそうその良さを実感します。
      
なんといってもうれしいのがゆで時間の圧倒的な短さ!
キッチンで汗だくにならずにすむのが本当にありがたい。
じつはこんなに料理人に優しい料理だったなんて
そりゃ、子供にゃわからんよなー。
      
しかもオール電化のご家庭なら電気代節約、
そうじゃないわが家でもキッチンが暑くならないから
エアコンの設定温度は高めでOK。
なんという省エネ料理。
東京電力は素麺に感謝すべし。
      
昔の人はこんな時代を予見していたのでしょうか。
いえいえ、今の時代が
昔のライフスタイルを必要としているでしょう。
子供の頃は平凡で飽き飽きしてたものが
今その価値を発揮する。
そんなものが他にもあるかもしれません。
      
もちろん、食べてもおいしい素麺。
さっぱりと食べたいときはさっぱりと。
食べ応えが欲しいときにはそれなりのアレンジも可能。
いろんな食べ方ができるので飽きません。
      
↓ 正統派から…













                              
↓ トマト素麺…

















                              
↓ ジャージャー麺風まで…

















                              
今日も素麺すすって先達の英知に感謝。
こんな時代だけど
日本人でよかったと思える数少ない瞬間ですな。
      
そしてじつはもう一つある
この夏のヘビーローテション。
      
こちらは英国の生んだ(ある意味)奇跡。
Yesの今年6月に出た新譜「Fly from Here」。

















                              
結成以来42年の長きに亘りプロレスのアングルの如く
離合集散内紛分裂加入脱退を繰り返し、
それでもなお不屈の精神でバンドを存続させる彼ら。
その名通りのポジティブ・シンキングの賜か。
今度はなんとジョン・アンダーソン不在&バグルズ組復帰で
「Drama」Yesの再現です。
なんというサービス精神!
Yes! We Can! はい!よろこんで!
       
というわけで
「Drama」信者でアンダーソン不要論者のわたしのようなファンを
ピンポイントでねらい打つ今回のアルバム。
断言しましょう。良いです!
      
90年代後半以降のここ数作は、
比較的アンダーソンの歌を中心にした楽曲が多く
どうも平板で印象の薄いものでした。
しかし今回は一転。
組曲形式の曲を核に据え、
アルバム全体を起伏のあるドラマチックな演出で聴かせます。
なんといっても、“「Drama」でやり残したことを成し遂げる”
という明確な目標があるので迷いがありません。
全盛期と同等、とまではいえませんが
過剰なアレンジや、スティーブ・ハウのギターも
“らしさ”が戻ってきました
(そう、今回は久々にハウが元気。
泣きのスティールギターに滂沱)。
      
確かにこの手法、今の耳で聴くには
アレンジはクサく音色は陳腐かもしれません。
それでも、これでもかと盛り上げ、音をぶち込み、
唯我独尊のリズム感で突っ走る。
これでこそYes。
      
洗練された歌ものなど誰も望んじゃいないのだ。
      
ちなみに今回ボーカルを務めるのは
“Journey Method”(注2)でひっぱってきた無名の新人
ベノワ・ディヴィッド。
でもJourneyの彼はクリソツでしたが
ベノワは驚くほど似てません。
      
曲調もトレバー・ホーン&ジェフ・ダウンズ組の書いたものなど
YesというよりどうしてもBugglesっぽい瞬間が
ちらちらと顔を覗かせます。
      
しかしそんなことは問題になりますまい。
Yesらしい熱い演奏があればそれはYes。
      
もうこのところ2ヵ月近く、休日ともなれば
まさにヘビーローテーション。
      
防音のため閉めきった部屋の中、
暑苦しい演奏にアンプの温度もぐんぐん上昇。
      
そしてもちろん、そんな時こそ食す素麺。
う〜んうまい!
      
日本人でよかった。プログレ者でよかった。
      
……結局、いつの間にかエアコンフル稼働。
先達のライフスタイルにはほど遠いわ……
      
      
      
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(注1)カチューシャ
わたしらぐらいの年代ならプラモでおなじみですね。
でも、なんてことないトラックの荷台に
発射台を載っけただけのその姿は
およそ子供の購買意欲を刺激するにはほど遠く、
模型屋の片隅にいつまでも売れ残っていましたが。
ただその箱の隅で燦然と輝く
Italeriのロゴがやけに眩しかったものです。
      
(注2)“Journey Method”
仲違いしたメンバーの代役をYouTubeで発掘、登用する手法。
Journeyが看板ボーカリストの代わりとして
無名のそっくりさんを抜擢して話題になったことから
わたしが勝手に命名。
しかしJourneyの場合そのあまりの激似ぶりに
過去を引きずりすぎとの批判も……
      
ちなみに、今回のアルバムに収録されている組曲は
「Drama」時代の没曲を発展させたもの。
そりゃあ昔の雰囲気も出るわけです。
セルフ・カバーは誰でもやってるけど、
過去のアイデアを出発点にアルバムまるまる1枚
作っちゃったってのは他に例がないのでは?
こちらはいわば“Yes Method”。
手っ取り早く全盛期のファンにもアピール!
今後安易に乱用されそうな予感……(曲が良ければ許すけど)
じつはパンドラの箱だった?
      
      
      
      

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