2011-03-10

HatしてGood

      
       
秋葉原の石丸電気SOFT館が、3月27日をもって閉店するそうです。
秋葉原にはあまり行くことはありませんでしたが、
10代の頃は新潟店にずいぶん世話になったものでした。
当時の新潟ではLPの品揃えが一番だったなあ。
その新潟店ももうなくなって3年になろうとしています。
渋谷からHMVが消えたのもまだ記憶に新しいというのに
なんだか本気でCDとか売れてないようで、ちょっと心配になる今日この頃。
“音楽はダウンロード”って、もう常識なんでしょうな。
わたしなんかが考えてる以上に。
      
でもやっぱり、“パッケージも含めて音楽”と思ってるオヤジとしては
CDやLPが世の中からなくなっちゃ困るんです。
ジャケット・アートがなきゃつまらん!
以前も書いたように、それももちろん理由の一つ。
しかし核心はもっとずっと深いところにあるような気がしてなりません。
“パッケージの存在意義”を問うこと、それは
そもそも“音楽を聴く”とはどういうことなのか?
と問うことにも等しい問題だと思うのです(いや、マジで)。
      
──その昔、音楽を聴くことは“儀式”でした。
LPをていねいにジャケットから取り出し、
きれいに埃を拭い、そっとターンテーブルに載せ、
位置を狙いすまして針を置く。
仮に人にやらせて無造作に盤面を触られたりした日にゃそれはもう一大事。
LPを扱う手続きは各人各様、他人には絶対的に不可侵の領域でした。
しかもそうしていくら気をつけても
1回音楽を聴くごとにわずかではありますが
しかし確実に、盤も針も寿命が削られていく……
音楽を聴く行為は、犠牲と引き替えに手に入れる快楽であり、
きわめて個人的な聖域であり、集中力の発露でありました。
      
時代は流れ、わたしももっぱらCDしか聴かなくなりましたが
休日の午後(少々音量大きめでも大目に見てもらえる
──と勝手に思いこんでいる──時間帯)を待ち、
オーディオと向き合い、CDを“掛ける”という行為は
まだ多少の儀式性を残しています。
      
音楽をすべてデータで扱う?
いつでもどこでも気軽に聴くことはできるでしょう。
儀式だの無常観だのそんなしちめんどくさい行動や屁理屈は必要ない。
“好きなLPほど掛けたくない(すり減るから)”なんていう
貧乏人を悩ました二律背反ともオサラバです。
ストレス・ゼロ。
      
便利な世の中になりましたねー。めでたしめでたし。
……って、本当に?
はたして音楽に、より思い入れることができるのはどっちなんでしょう?
      
もちろん、音楽の実態は
影も形もない“信号(データ)”以外の何者でもありません。
データでやりとりしデータを再生する。ムダはないですね。
しかし単に頭の中をデータが通過するだけで
人の心は動かされるでしょうか。
ライブが感動的なのは、聴覚のみならず
“会場に足を運ぶ”“目撃する”“同じ空気を共有する”といった
五感すべてを総動員させる強烈な“体験”だからこそ。
人は何らかの“体験”を通してはじめて、
感情を突き動かされるものだと思うのです。
      
LPやCDを掛けるといった、少々めんどうな行動も、
音楽を聴くことに伴う重要な“体験”。
つまり、音の連なりでしかない“データ”を
肉体を伴う“体験”に導くための“装置”として
パッケージ(LPなりCDなり)という物理的存在が
必要不可欠なのではないでしょうか。
その“体験”こそが、まさに“儀式”の正体。
LPやCDは、“霊体(データ)”の宿る“依り代/ご神体”というわけです。
      
……かくして、わが家でどんどん増殖していくご神体……
      
さて、今回まためでたく仲間入りしたのは
ハットフィールド・アンド・ザ・ノースの3作品。
わたしにとってのベスト・オブ・ベスト。フェイバリット中のフェイバリット。
毎年新年最初にオーディオで鑑賞するアルバムは
彼らの2nd.アルバム、「ザ・ロッターズ・クラブ」と決めているくらいです
(これが儀式でなくてなんでしょう?)。
それが今年の1月にリマスター&SHM&紙ジャケ化されて
EMIミュージックジャパンから発売されました。
もう何度目のCD化?
わが家でも、特に2nd.に関しては4枚目のCDになりますか。
・1989年Virgin Japan盤、
・2004年東芝EMI盤(紙ジャケ化・リマスターはされてない)、
・2009年Esoteric Recordings盤(2009年リマスター)、
そして今回。
      
正直言って、音質的にはEsoteric盤で満足していたし
紙ジャケ化も特殊な(例えばカーヴド・エアの2nd.みたいな)もの以外には
それほど価値を見い出せないわたしにとって
今回のCDは本当に買う必要があったのだろうか?
      
いやいや、なんと今回のCD化にはサプライズがありました。
解散後に1st.と2nd.の収録曲+アルバム未収録曲やライブ音源で発表された
「アフターズ」の初CD化!
ちなみにこのブログのタイトル横、レコードジャケットの画像に書かれた
「Let’s Eat -Real Soon-」は、このアルバム1曲目のタイトル。
ハッツは2枚のアルバムしか残していないと思い込んでいた若かりしころ、
輸入LP屋でこのアルバムを発見、狂喜乱舞したことを思い出します
(これも音楽が“カタチ”を持っていたからこその感動ですね)。
今となっては収録曲すべて、1st.2nd.のボーナス・トラックなどで聴けるものの
とても思い入れのあるアルバム。
これは買わないわけにいきません。
      
んじゃあ「アフターズ」だけ買えばいいじゃん、
なーんていう理性はハッツの前で無力!
何故わたしはハッツを買うのか?
そこにハッツがあるからさ。
      
……わかってます、わかってます!
冷静に考えれば今回の買い物は微妙だってことくらい……
わたしの聴く限り、リマスターのできばえは
Esoteric盤に軍配を上げざるを得ないし
(Esoteric盤のほうが各音ふくよかな響きが感じられます。
今回のは解像度を求めすぎて音が平板になっちゃった感じかな?
特に高音がちょっとキツく聴こえます)。
まあそれは結果論としても、
目玉の「アフターズ」の帯に極小の文字で書かれたこの一文。
「このCDはオリジナル・レコードからの盤起こし音源となります」。
      
って、おい。こんなサプライズいらないし。
      
もちろんこの手のリマスター&紙ジャケ商法、
わたしみたいな気のいいオヤジの財布目当てなんてのは百も承知。
でも今どきオヤジの財布だって若者同様キビシイのだよ。
こういうことやってると
ホントに誰からもCD買ってもらえなくなるぞ。レコード会社の人。
        
なんて、まんまと買っちゃうオヤジが言っても説得力ないけど。
      
これからもなんだかんだ文句言いながら
お布施、納めていくんだろーな。きっと。
      













                         
↑ 今回発売された3作品。
 ついでだからもう一つ苦言。
 「アフターズ」が発売されるなら
 1st.2nd.のボーナス・トラックは必要なかったはず。
 ボーナス・トラックって、貴重な音源は売りになるけど、
 そうじゃないときはオリジナル・アルバムの美しさを損ねる
 夾雑物でしかないからね。
 1st.や2nd.買う人が必ずしも「アフターズ」も買うとは限らない?
 その「アフターズ」は盤起こしときてるし……
 う〜ん。親切なんだかなんなんだか。
 結局マズイ仕事の尻ぬぐいをさせられてるような……
              
      
      
      

2011-03-09

No Run, No Kegani!

      
      
パートナーが、先月行われた東京マラソンに出場しました。
ここ半年ほどは仕事があまりにも忙しく、
ほとんど練習に充てる時間が取れなかったようですが
そんな時に限って冷やかし半分の応募に当選してしまうという
人生の皮肉もなんのその、完走を果たしました。
いやはや、身近でそのみごとな一夜漬けっぷりを見ていただけに
ちょっぴりあきれつつ、でも素直に感動しましたよ。よくやった!
      
応援してくれた方々、わたしからもお礼申し上げます。
ありがとうございました。
      
そして一週間後、
彼女の実家から送られてきた完走祝い(?)の品が食卓に。

















                              
……なぜ毛ガニなのかはこの際問題ではありますまい。
もう一度言いましょう。よくやった!
      
持つべきものは、北国出身の嫁ですなー。
      
      
      
      

2011-02-13

Trip on a Volcano.

      
      
こないだの休日はマグマ鑑賞会!
といってもべつに新燃岳に行ってきたわけじゃないです。
(新燃岳周辺の方たちのご苦労お察しするとともに
一日も早い事態の収拾を願っております)。
マグマはマグマでもこちらはフランスのマグマであります。
    
またまた登場のご近所プログレッシャーYさん、
マグマの合計8時間におよぶ超弩級4枚組ライブDVDをご購入。
「こりゃ合宿するしかないでしょ!」とご招待いただいた次第。
そりゃこの手のものを奥様の冷たい視線を浴びながら一人で観てもつまらない。
だれか道連れ…いや共感者がほしいですよね。わかります……(涙)。
   
というわけでいい大人が昼からつまみを持ち込んで鑑賞会。
お酒はYさん秘蔵の銘酒の数々。
赤ワインおいしかったですね〜。
イタリアのアマローネという種類のワインだそうです。
さすがYさん。わたしと違って守備範囲が広い。
こだわりのゴールデングラブ男と呼ばせていただきましょう。
             
↓ わたしが持ち込んだ合鴨の薫製と……













                         
↓ トマト&ペペロナータのマリネ。
 Yさんちの美しいお皿にのってわたしの料理もグレードアップ。
 腕が上がったかのような錯覚に……













                          
↓ そして料理の上にずらりと並んだマグマのDVD。
 黒地に金の箔押し。見るからにヘビー(笑)。













                         
さて、マグマ。実をいうとわたし、
「マグマライブ」一枚(2枚組ですが)しか持っておりません。
しかも一度聴いてピンとこないまま
ずっと長い間棚の奥に眠らせておりました。
いろいろな本に「JAZZROCKファンは必聴!」
みたいに書いてあるんだけどなんか違う気がしたんですよね。
それになんたって歌が変!
彼らはコバイア語で歌うのです。
これ、フランス語でも英語でもなく、
それどころか地球上の言語ですらありません。
なんと彼らはコバイア星からやってきたエイリアンだったのです!
      
……とまあ、正直こういうノリについていけなかったのかもしれません。
      
そんなちょっとした不安を抱えつつも鑑賞スタート。
これこれ、この唸るような歌。コバイア語だ。
瞑想的・呪術的なリズム・歌唱がひたすら続きます。
う〜む。やっぱりこれはJAZZROCKじゃない。
ジャズでもロックでも、ましてやクラシックでもない。
マグマはマグマという音楽ジャンルということか
(この言い回し、前回も使ったな……)。
でもそう思うと素直に聴けてくる。
延々数十分クライマックスに向かってひたすら走り続けるメンバーたち。
すさまじいテンション。ボーカリストの汗が飛び散り
一心不乱にドラムを叩くリーダー、クリスチャン・ヴァンデは
やばくなってる頭髪を激しく振り乱す。
白目むいちゃってるけど大丈夫か?
こりゃもう完全にイッテるよ!
そしてクライマックスの大爆発。
なんだかこっちまで熱くなってきましたぞ。
目はまわりアタマはぐらぐら。
これは杯の進むワインのせいだけではないはず……!
      
ちなみに開業医をされているYさん。
カルテ整理の時にマグマを聴きながら
気持ちよ〜く歌っていったら(もちろんコバイア語で!)
看護師の方に見られてどん引きされたそう(そりゃ引くよね)。
でも思わず力が入って口をついて出てしまう感じ、わかります。
思考を超えたところで身体に直接働きかける力というんでしょうか、
そんなものがたしかにある。
      
ふとあの名言が思い出されます。
40代後半以上のすべてのおっさんの座右の銘。
「考えるな、感じろ。」
      
カテゴリーにこだわったり、
コバイアのコンセプトを頭で理解しようとすることが間違っていました。
JAZZROCKだろうがそうじゃなかろうが
地球人だろうがそうじゃなかろうが
歌えばいいじゃないか。トリップすればいいじゃないか。
遠巻きに見聞きするのじゃなく、噴火のそのただ中に身を置き、
どっぷりとマグマを浴びることが必要だったのです。
さあ、奥様も看護師さんもご一緒に。
燃えよ!マグマ!アチョー!
      
……しかし残念ながらこの濃密な体験、一日2時間が体力的に限界です。
続きはまたの機会にぜひ。
翌日はモヤモヤした火山灰とときおり見舞われる激しい空振で
アタマの中がえらいことになりました。
はたしてこれは、二日酔いかマグマ酔いか。
      
次回に備え、Yさんから借りたCDを聴き込む前に
まずは合宿に負けない体力を養うことが先決ですな。
      
      
      
      

2011-02-01

原点への旅路。─その2─

      
      
イタリアンは好きですか?
うまいよねイタリアン。
もちろんわたしも好きですよ。
いや、好きなんてもんじゃないですね。
ガキの頃から食ってるからもう40年以上になるかな。
他の日本人がイタメシイタメシつって
西麻布あたりで騒ぎ出すより遙か昔ですからね。
ソウルフードといっちゃっていいかもね。
それもわたしだけじゃないんですよ。
新潟人の赤い血はトマトソースでできているってくらい、
ほとんど例外なくイタリアン好き。
まあ、ちとドロドロ血なのはのっぺが混ざっているせいかもですが
(いやいや不摂生、不摂生)。
      
でも、そのイタリアン、東京じゃ食べられない。
それこそ西麻布や銀座の名店でも無理。
片岡さんや落合さんでも絶対作れない。
新潟人の求めるイタリアン、それが食べられるのは新潟だけなんですよ。
かくして県外の新潟人、ことイタリアンに関しては
耐乏の日々を余儀なくされるわけであります。
      
と、ここまで読んで察しのよい方はおわかりですね。
最近テレビなどでもよく取り上げられるのでけっこう有名なのかな?
      
そう、ここでいうイタリアンは
イタリア料理という意味のイタリアンではありません。
新潟には「イタリアン」という名前の「焼きそば」があるんです。
みかづきという甘味屋さんが出している新潟の元祖ファーストフード。
遙か昭和の昔から、新潟市内の小学校の文化祭にもれなく出店という
天才的なマーケティングを展開しています。
文化祭でお祭気分になっている味覚形成期の舌は抵抗力ゼロ。
結果、市内の全小学生にその味が深く深く刻み込まれていきました。
ようするにこれってある年齢(少なくともわたしら世代よりは上)以下の
“全市民”ってことですよ。
恐るべし、みかづき。
新潟離れて30年のわたしでも
やっぱりいまだに食べたくなる時あるもんね。
      
で、それはいったいどんなものなのか。
平たくいっちゃえば“トマトソースのかかったソース焼きそば”
ってことになるんだけど、でも麺は太くて短いし、
味付けのソースはそれほど濃くなく甘みがあるし
トマトソースもちょっと独特なわけで、
つまり「イタリアン」は「イタリアン」という食べ物である、
としかいえないんですね。
ちなみに最近コンビニで「新潟イタリアン風焼きそば」
なんてのがありますが、ありゃあまったく別物です(キッパリ)。
      
やっぱり言葉だけではうまく説明できません。
こういう時こそ写真です。百聞は一見に如かずです。
もちろん、今年の正月も食べてきましたよ。
なんたって原点への旅ですからね。
しかし……例によって写真撮り忘れてしまった。
もー、アホかと。それでもブロガーかと。
すいません。
というわけで、これまた我が家で再現してみました。













                           
いやいや、とても再現とはいえませんね。
なんたってレシピは企業秘密。
そもそも麺が違うしね。
“焼きそばの具はもやしとキャベツのみ!”
“トマトソースにはコーンを!”
“付け合わせは白ショウガ!”
という三つのお約束だけを守ってあとは勝手にアレンジしてしまった。
ホンモノはこんなに挽肉入ってないし赤ワインなんて入れてないだろうし
ソースにオイスターソースなんて間違っても混ぜ込んでないし。
あしからず。
      
ちなみに嫁の感想も「実際より高級な味がする」
(嫁は2回のイタリアン経験アリ)。
      
今度はもっと真剣に再現を試みてみようか。
うーん。チープにしなきゃいけないってのは
逆に難しいかもな。
      
      
      
      

2011-01-17

原点への旅路。─その1─

      
      
本来なら、年末年始こそネタの宝庫、
忘年会やらクリスマスやら初詣やら新年会やら
ブログを更新するには絶好の時期のはずなんですが、
ちょっとバタバタするとまったく作文できなくなる文才のなさ。
加えて未だに出先で写真を撮る習慣が身に付かないやる気のなさ。
というわけでこのへんの出来事はざっくりスルーでごめんなさい。
忘年会・新年会でお世話になった方、お宅に呼んでくれた方々、
ありがとうございました。
      
ただ、いろいろなイベントがあったなかでも
一つあげるとするなら、
“ハワイV旅行”ならぬ“東日本V字旅行”。
もちろん何かのご褒美でぬくぬく南国で過ごすのとはえらい違い。
大晦日に東京を出発し、寒風吹きすさぶパートナーの故郷・八戸で一泊、
翌元旦に大宮まで引き返しその足で怒濤空打つわたしの故郷・新潟へ向かい二泊、
ちょうど東日本を縦断&横断して東京に帰ってくるという
JRが泣いて喜ぶ旅程にして強行軍。
東北と北陸の寒さの違いをあらためて体感(したくないっ)。
フトコロ的にも波浪警報発令で
まあ、来年以降行われることはないでしょう。
      
それでもお互いの実家を行き来し、
それぞれの郷土料理を堪能できたのはありがたいことです。
八戸ではウニ&アワビ満載のいちご煮。
新潟ではのっぺ。
      
ほんとはこれらも写真で紹介できると良いのですが
前述の通り写真撮るのも忘れてがっつくのみだったわたし。
これじゃちょっとブログにならんな、というわけで
我が家で再現しました。
ただし予算の都合上、いちご煮はまたの機会ってことでご勘弁を。













                         
のっぺの作り方(いつも作ってる量)
①塩鮭(辛塩・一切れ)を塩抜きしておく。
 甘塩を使ってもいいですが、
 甘塩といえどかなりのっぺの味を変えてしまうので
 味付けがむずかしくなります。
 できれば辛塩を一晩ほど塩水につけて塩抜きしておくと
 塩辛さもちょうど良く同時に生臭みも取れるので
 美味しくできると思います。
②どんこ4〜5個・干し貝柱5〜6個を水で戻す。
③鰹でだしを取る(約800cc)。
④ギンナンを煎って殻をむいておく(15個くらい)。
⑤里芋(大きめ3コ)、にんじん(1本)、タケノコ(水煮・大きめ1/2)、
 蒲鉾1/2本、こんにゃく(1/2枚・アク抜きする)をすべて短冊に切る。
 大きさはお好みですが、わが家は4cm×1.5cmくらい。
 里芋は煮くずれしやすいのでやや大きめ&厚めに、
 蒲鉾は煮ると膨らむのでやや小振りに。
 できれば新潟の五泉で採れる帛乙女(きぬおとめ)という里芋だと完璧。
 くずれにくくほくほくしておいしいのです。
 どんこは細切り、鮭は小さめの一口大に切る。
⑥里芋はさっと熱湯で洗いぬめりをある程度取っておく。
 ただしこの“ある程度”というのがキモで、
 里芋のぬめりで汁にとろみを付けるので洗いすぎないように注意。
      
ここまでが下ごしらえ。あとは煮るだけですがポイントは時間差です。
      
⑦だし汁が湧いたらニンジン、タケノコ、こんにゃく、どんこを入れる。
 どんこの戻し汁、干し貝柱の戻し汁も加え、
 酒(大さじ3)、味醂(大さじ3)、塩、醤油で味付け。
 醤油はうすく色が付く程度の少量(小さじ1強ぐらい)。
 塩は基本薄味に仕上げますが、最後に塩鮭を入れるので
 その塩分を計算してさらに薄めにしておきます。
⑧ニンジンに6〜7割ほど火が通ったら里芋、鮭を投入。
 里芋が煮える少し前に蒲鉾、銀杏を入れます。
 里芋を入れると吹きこぼれやすくなるので注意。
 ふたを取ったまま煮てもOKです。
 とにかく煮すぎないように。
 材料を小さく切ってあるのであっというまに火が通ります。
⑨里芋が煮えたら火を止め、干し貝柱をほぐして散らす。
 お好みで生いくら(塩漬け・醤油漬けはNG)を入れてもいいです。
 ちなみにこの場合、わざといくらを加熱します(余熱で)。
 白く半過熱状態になったいくらを“ととまめ”といって、
 少し硬くなった食感がまたいいんですが、これって新潟だけでしょうか?
⑩そのままふたをして冷まします。
 加熱時間も短く薄味なのっぺは、この段階ではあまり味が染みてません。
 一度冷ますことによっていろいろな素材の味が
 お互いに染みわたっていきます。
 食べるときは、冷えたままでもよし、暖め直してもよし。
 お好みでどうぞ。
      
以上がわが家ののっぺのレシピ。
というかもともとはわたしの母から教わった作り方です。
      
こののっぺ、郷土料理にはありがちで
家庭によって材料や作り方がぜんぜん違う。
わたしにとって母親の作ったものこそがのっぺ。
「新潟に帰ってきたな〜」としみじみ実感できるのは
母親ののっぺを食べた瞬間なんですね。
ただ、母親ももうけっこうな歳。まだまだ元気ではありますが
いつ何時もしものことがあるやもしれません。
「母親にもしものことがあったらもうこののっぺが食べられなくなってしまう!」
と、母が聞いたら嘆くこと必至の
なんとも身勝手な危機感をいだいたのが今から3年ほど前。
そんな理由で教わったのがこのレシピです。
      
そしてじつは、これがわたしが料理を始めるきっかけになります。
レシピに従って作ったのっぺで料理を作る楽しさに目覚め、今日に至る……。
子供の頃から食べていた一つの料理が、
いい歳した人間をがらっと変えてしまたわけです。
      
まさに、いろいろな意味でのわたしの原点、それが“のっぺ”!
      
……語感的にはもうちょっとなんとかならなかったかと
思わないでもないけどね。
      
      
      
      

2010-12-27

林檎可愛いや。

      
      
■黒板に爪を立てる。
■発泡スチロールがこすれる。
■アルミホイルを噛む。
      
世の中に身の毛のよだつものは数々ありますが
上にあげたものなんかは万国共通、100人いたら100人とも
鳥肌立てちゃうんじゃないでしょうか。
      
■リンゴの皮をむく。
      
これはどうでしょう?
普通はこんなことでいちいち不快になったりしませんよね。
      
しかし、これで全身泡立っちゃう特異体質の持ち主が
うちのパートナー。
     
自分で皮をむけないどころか
人がむいてるのを見るのも、その音を聞くのもイヤ、
その上かじることも(ゆえに食べることも)できません。
どうもあのしゃくしゃくとした触感・食感がダメらしいのですが
ちょっと常人には理解しがたい感覚です。
      
でも単にこれだけなら
リンゴを遠ざけて人生を送ればすむ話。
まあ、わたしが納豆を遠ざけてるのといっしょですね。
本人的にはなんの問題もないはず。
      
ところが人生は皮肉です。
彼女の出身は日本一のリンゴ生産地・青森。
そのせいかどうかわかりませんが
な、なんと彼女、リンゴの“味”が大好きなのです。
      
食べられないのに味は好き???
      
いえいえ、嫌いなのはリンゴの感触であって
すりおろしたり火を通したりすることによって
それがなくなりさえすれば食べられるし
むしろ大好物なのだとか。
愛憎入り交じるとはこのことでしょう。
でもどうしてこういうややこしい事態になったのかは謎。
ただ、間違いなくいえるのは「めんどくさい」の一言。
      
今年も彼女の実家からどっさりリンゴが送られてきました
(調理するのはわたしなんですよ、お母さん(笑))。
今までは(別室で)すりおろしたりしてたんですけど
こうなったら「めんどくさい」ことも楽しんでしまおう、ということで
焼きリンゴを作ってみました。













                         
シナモンとバター、そしてグラニュー糖と蜂蜜をブレンド。
      
わたしは甘いものがあまり好きじゃないので
ついつい砂糖の量を少なめにしてしまいそうになりますが
けっこうガッツリ入れた方がいいみたいですね。
      
パートナーも喜んでくれました。
      
わたし?
わたしもリンゴは好きですよ。
でもパキっとしてなきゃリンゴじゃない!
かぷっとかじりつきしゃくしゃく食べるのがいいんです!
      
もちろん、彼女のいないところでこっそりと……。
      
      
      
      

2010-12-06

どちらも“ベースがすばらしい”。

      
      













                        
代官山のイータリーにてアフェルトラのトマト缶を入手。
今回はこれでトマトソースを作ってみた。
いつものアナリサとどう違うか食べ比べです。
     
パートナーのリクエストでモツァレラとバジルのトマトソースパスタに。













                        
さてさて味は……
第一印象は“軽い!”ですね。
でも決して薄いわけではなくて、余韻も深くとてもうまい。
アナリサがトマトのうま味やコクをぎゅうっと
濃縮したような強さを持っていたのに対して
こちらはフレッシュな甘みを抽出した感じ、とでも言いましょうか。
方向性は違いますがどちらもそれぞれの良さがあります。
      
例えるならば
アナリサはジョン・ウェットンの歌声のごとく朗々と響き渡り
アフェルトラはリチャード・シンクレアの声のようにふわりと降りてくる。
…とか言っても、よけいわからないか。
ま、ようするにどちらも選べない、ってことですね。
      
ホントは使い分けるのが良いのでしょうが……
ポモドーロや今回のパスタみたいに
シンプルにトマトを味わいたいときはアフェルトラ、
具だくさんパスタや肉料理のソースなんかに使うときはアナリサ、とか。
      
といっても常時2種作り置き、ってのは
実際問題むずかしいから(そんなに消費できない)
気分によって缶を変えるってことになりそうです。
      
それにしても、イータリーはヤバイです。
一緒に買ったグラニャーノ産のブカート(穴あきロングパスタ)もうまかった。
オリーブ・オイルもいろいろ試してみたいものがずらり……













                        
あんなところで日常的に買い物してたら
エンゲル係数大暴騰で日本より先にわが家の経済が崩壊してしまう(汗)。
      
      
      
      

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