2011-06-23

Blind “Face”

      
      
FACEBOOKなるものを始めてみました。
      
よくわからないまま始めて数週間が経ちますが、
いまだ五里霧中。
      
しかもどうにも居心地が悪い。
こんな感じがしているのはわたしだけ?
このナンともいえない違和感の正体は……
      
      
      
FACEBOOKには『いいね!』というボタンがあって
人の書き込みに対してコメントを入れることができます。
      
でも『よくないよ!』というボタンはありません。
『違うだろ!』とか『アホか?』とか。
      
コメント蘭で否定的な意見を展開することもできますが、
(わたしの見かける範囲では)そんなことをする人は皆無。
      
実名だから?
でも、相手は『友達』のはず(笑)です。
たまにはそういう意見の交換だってあってもいい。
『リアル』世界なら、友人と飲みに行って
あーだこーだ言い合いになるなんて普通にあることなのに。
      
FACEBOOKでは『肯定』しか許さない空気が支配しています。
例えば、“仕事でだけの知り合いと、『世間話』を交わす”時のような。
あの落ち着かない感じ。
      
もちろん、かくいうわたしだって、
自分の意見が真っ向否定っされたら
平静ではいられないでしょう。
きっと『リアル』の何倍もショックに違いありません。
ネットでの否定はすなわち衆人環視の中の否定ですからね。
むしろFACEBOOKの空気感というのは
そういうネットの性格を踏まえた上で働く
緩衝壁なのかもしれません。
      
それが荒れないための『大人』の態度ということでしょう。
荒れまくる掲示板と肯定だけのうわべのコミュニティ。
もしかしたら、わたしの抱く違和感は
そのような両極端の存在しか許さない
ネットという世界そのものに対する違和感なのかもしれません。
      
しかし、だからといって──
      
高校からの気の置けない友人の近況にまで
言葉を選んでコメントするにいたっては、
オレはいったい何をしているのか???と。
      
      
      
……ただこの違和感、
始める前から漠然とは予想していたこと。
      
世間的には「いろんな可能性を持っている」と
喧伝されているFACEBOOK。
まあ、どっかの代理店の仕掛けだとしても、
“何か”があるからこんなにも広まっているのだろうし。
      
今のところはまだ、『世間話』にいいねいいねと
うなずくだけにしか思えないこのメディアに、
いったいどれだけの事ができるのか。
それを知りたい。
      
友人たちと不思議で不自然な距離感を強いられてまで
やる価値があるものなのかどうかを。
      
というわけで、なんだかんだ言いながらも
もう少し続けてみたいと思います。
      
今は何も見えないFACEBOOKですが、
何かが見えてくることを期待して。
      
      
      
それにしても…… あらためて思い知らされる
『世間話』すらろくにできない
己の貧弱なコミュニケーション能力……(泣)
居心地の悪さの根本原因はこれかな〜。
      
そもそもFACEBOOKに向いてないだろ!
ってオチになりそうな……
      
      
      
      

0 件のコメント:

コメントを投稿

フォロワー